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日本のリーダーシップで大型計画を(永宮正治 氏 / 日本学術会議第3部幹事、J-PARCセンター長)

2011.08.26

永宮正治 氏 / 日本学術会議第3部幹事、J-PARCセンター長

日本学術会議公開講演会「科学・技術の過去、現在、未来-夢ロードマップ-」(2011年8月24日)パネルディスカッションから

日本学術会議第3部幹事、J-PARCセンター長 永宮正治 氏
永宮正治 氏

 物理学などの科学・技術は、国の文化の尺度でもあると考えている。文化が進むと科学も進む。今は日本がその時期ではないか。物理学はお金がかからない研究もたくさんあるが、大型の研究施設でないと進められない研究も存在する。加速器がその例だ。加速器による研究を通じて20世紀には14件のノーベル賞の受賞があった。21世紀も応用分野にかなり変質はしつつあるが、4件の受賞がある。加速器は多くの物理学者を魅了した研究手段であることは疑いない。

 20世紀は大型計画の主導権は米国が握っていた。私も米国の加速器を使って研究したが、かなり悔しい思いをした。なぜ、日本でこういった研究を推進できないか、ということだ。20世紀も終わりに近づくと日本は世界の中の経済大国になってきた。その日本で一流の大型研究施設を持ち得ないのは間違っているのではないか、責任の一端を日本が担うべきではないか、という世論が海外の中でもかなり台頭してきた。欧州で生まれた科学が20世紀には米国に移り、そして今、日本やアジア諸国が科学の責任を果たす時期で、そのチャンスではないかと思う。目下、大震災で科学への信頼が揺らいでいるが、こういった時こそ足元をしっかり見据えて大型計画、科学技術そのものの推進に日本やアジア諸国が責任を担うという観点から捉えるべきだと思う。

 大型計画の立案方法については、最近大きな飛躍が見られている。しかし、日本にはかなり問題がある。一つだけ挙げると、大型研究施設を建設した後の運営まで見越した施策が足りないということだ。欧米では計画を走らせる前に建設後の運転経費がいくらかかるかがあらかじめ見積もられ、財源に計上される。しかし、日本は建設が終わると運転経費はいきなり運営交付金の枠内で賄わなければならなくなる。運営交付金は毎年、削減の対象になっているので、大型施設は完成したものの運転の目途が付かない、ということがよく聞かれる。ものを造ることばかりに一生懸命になるのではなく、いかに運用するかを考えないといけない。今後は既存の運営交付金の転用ではなく「大型計画特別運転交付金」(仮称)といった枠の創設が必要ではないか。

 第2の問題点は、きちっとした大型計画は、トップレベルの技術力という強い裏付けがないと走らないということだ。例えば高エネルギー加速器研究機構の加速器「Bファクトリー」は、直線状にすると天王星までの距離で1ミクロンのずれも許されない精度で粒子を走らせることが求められている。これが次のSuperB計画になると、50ナノメートル(1ナノは10億分の1)の制御が必要となり、匠の技以上の技術の支えがないと造れない。お金をどんとつぎ込めば自動的に出来るというものではない。きちんとした大型計画は、どこにでも転がっているというものではなく、それを支える産業界の技術力、あるいは日本全体の技術力を大切にしないと実現しないということだ。

 第4期科学技術基本計画には、GDP(国際総生産)比1%の政府研究開発投資の目標が盛り込まれた。日本のGDPは年500兆円だから、1%は5兆円になる。これだけのお金があれば大型計画を日本に引きつける大きなチャンスだと思う。

 原子力の問題で反省するのも大事だが、日本がこれだけ経済力を付けて、世界でリーダーシップを取るチャンスにどうしたらよいか、一つ一つ考えて行く時ではないか。その際、欧米の例と比較するのが大事だが、研究者コミュニティの考え方が大きく異なっているのが問題だ。私の分野で言えば、米国にいた時、4、5年に一度、50人ほどの同業者が集まって朝から晩まで缶詰になって議論をしたものだ。今後何をやっていくべきかを徹底的に討論して、合意をつくっていく。欧州でも同様のことが行われていると聞いているが、日本ではこうしたことがほとんど行われていない。日本が今後リーダーシップを取って行くには、的を絞って行かざるを得ないことが必ず生じる。皆で議論を重ね、切磋琢磨(せっさたくま)していくことが求められる。

 今後の進め方として、文部科学省が考えていることを一つ紹介したい。日本学術会議がマスタープランを提言し、文部科学省のしかるべき機関で検討する。それを再び日本学術会議にフィードバックする、というものだ。この方策が確立されると研究者コミュニティの考えが行政に反映されて、財政措置も透明化される。研究者コミュニティと行政の間をつなぐ役目をするのが日本学術会議という仕組みは、今期、非常に有効だったと思う。やっと欧米並みになってきたといえる。ぜひ次期以降もこれを継承して、日本が大型計画でリーダーシップをとれるようにしたい。

日本学術会議第3部幹事、J-PARCセンター長 永宮正治 氏
永宮正治 氏
(ながみや しょうじ)

永宮正治(ながみや しょうじ)氏のプロフィール
1963年大阪府立住吉高校卒、67年東京大学理学部卒、72年大阪大学大学院理学系博士課程修了。東京大学理学部助手、カリフォルニア大学ローレンス・バークレイ研究所研究員、東京大学理学部助教授、コロンビア大学教授、東京大学原子核研究所教授、高エネルギー加速器研究機構教授、同機構大強度陽子加速器計画推進部長を経て、2006年から現職。1991-94年コロンビア大学物理学科長を務める。専門分野は原子核物理学実験。理学博士。日本学術会議第3部幹事。

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