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小石の波紋をいかに広げるか(渡辺政隆 氏 / サイエンスライター、科学技術振興機構 科学ネットワーク部 エキスパート)

2011.05.13

渡辺政隆 氏 / サイエンスライター、科学技術振興機構 科学ネットワーク部 エキスパート

サイエンスコミュニケータ養成実践講座フォーラム「サイエンスコミュニケーションの広がり」平成22年度成果報告会」(2011年4月16日、国立科学博物館主催)特別講演から

博物館のコミュニケーション

サイエンスライター、科学技術振興機構 科学ネットワーク部 エキスパート 渡辺政隆 氏
渡辺政隆 氏

 私自身は自然史学への傾倒から自然史博物館に興味を持つようになった。その後、サイエンスコミュニケーションの調査・推進に従事するようになり、博物館は展示だけではなく、生涯を通じた科学教育の場の役割としての機能を担うようになってきていることを知った。

 博物館は科学コミュニケーションを実践していくには良い環境である。「本物に出会える」こと、単なるショーウィンドーではなく、研究の最前戦である「研究の現場」や、過去の歴史を学べる「学習の場」であること、そして「常時さまざまな人が集う」「文化の香りがする」「敷居が低い」など、サイエンスコミュニケーションを実践する上でも意義のある、コミュニケーション環境が整った場である。

日本のサイエンスコミュニケーションの歴史

 日本のサイエンスコミュニケーションは2003年以降に大きく動き出した。この年、オーストラリアで編集されたテキストである『サイエンス・コミュニケーション』(ストックルマイヤー編著)の訳本が日本で出版された。その後、政策提言や関連ワークショップを通じて、サイエンスコミュニケーションという言葉や理念を広める動きが盛んになり、2004年版科学技術白書や第3期科学技術基本計画に国の方針として「科学技術のコミュニケーション推進」が組み込まれていった。科学技術振興調整費(振興分野育成養成)を受けた「科学技術コミュニケーター」養成機関が各地の大学で立ち上がり、サイエンスコミュニケーション活動が、全国に広がった。ここであえて「科学(技術)コミュニケーション」ではなく「サイエンスコミュニケーション」にこだわるのは、「サイエンス」という言葉に広い意味をもたせたいからである。

 サイエンスコミュニケーションにはサイエンスの面白さをあらゆる人に広げ、サイエンスを文化として生活の中に溶け込ませようとする動きがあった。一方で、先端科学技術による弊害が増大し、市民の中に科学技術への不信感が募っていた。先端科学技術の先鋭化によってこれまでの常識的な知識では人々がついていけなくなり、科学技術は誰がやっているのか、かかわる研究者や政策決定者の顔が見えづらくなってきたのである。

 そこで、どのような社会にしたいのか、どのような技術が欲しいのか、科学を専門家だけに任せてよいのかと考えるようになった。政策決定の民主化が進み、研究の透明化、可視化が求められるようになってきている。

 次の第4期科学技術基本計画には「科学技術政策への国民参画」という一文が挿入される予定である。

危機を乗り越えて

 米国のスリーマイルアイランド原子力発電所事故(1979年)の時には、原発情報を正しく伝える専門家の不在により、メディアからの情報が錯綜(さくそう)した。その反省を踏まえて、米国で科学ジャーナリズム講義の創設ブームがおこった。また、チェルノブイリ事故(1986年)による放射能汚染をきっかけに、欠如モデル(知識を与えれば科学の理解・関心が高まるとする考え方)批判が高まる。そして英国では、狂牛病が招いた政府への不信感問題を受けて、科学技術行政の方向が、知識を教え込むだけの理解増進から双方向型のサイエンスコミュニケーションへと転換した。

 3月11日の東北地方太平洋沖地震による東日本大震災を経験した今、日本でもサイエンスコミュニケーションの真価が問われる時である。

サイエンスコミュニケーションの目的

 サイエンスコミュニケーションを行うには、お互いのバックグランドを踏まえることが肝要である。お互いの共通認識を確認し、コミュニケーションを成り立たせるためには、最低限のところで共通のサイエンスリテラシーが必要である。科学リテラシーとは科学技術に支えられた現代社会で賢く生きるために必要な、科学技術に関する「最小限」のknowledge(知識)のことである。サイエンスコミュニケーションと科学リテラシーは車の両輪である。

 必要な時には必要なことを学ぶことで身につく科学リテラシーがある。

 人生における“恐竜リテラシー”の変遷を考えてみよう。子供の時に恐竜リテラシーのピークがありその後は下がる。次に子供を持った時、再び上がり、さらに孫ができた時にがまた復活するというパターンが考えられる。人は必要とあらば、調べ、覚え、学ぶものである。

 今こそ、放射線や放射能、津波や地震について学びたいと思う機会である。

 ではそのとき、人は誰の言葉を信じるだろう。信用できる人はどのような人か。それは、うそをつかない人、一芸に秀でている人(専門家)である。従来、科学者とはそういう人だと思われてきた。たとえばアインシュタインのようなカリスマ科学者のように。しかし、それが揺らいできている。

コミュニティーの活用

 たとえカリスマ科学者ではなくても、地域のコミュニティーの中でできることがある。「口コミ」や「顔見知り」による身近なコミュニティー内ではうそはつきにくい。身近な人の話であれば信用できるものだ。昔であったら長屋の「大家」「ご隠居」が言ったことは間違いないというような、「顔の見える」コミュニケーションが重要になる。井戸端会議はサイエンスコミュニケーションの原点であり、街角のサイエンスカフェや、公民館でのコミュニティー講座、生涯学習施設などが核になりうる。地域に根を張った身近なサイエンスコミュニケーターの出番だ。これからは『知の地産地消』が必要であり、学校現場や地域の科学館の役割がますます重要になってくる。

 地域のサイエンス活動としてサイエンスフェステバルがある。すでに1992年より「青少年のための科学の祭典」が開催されている。そこでは全国100カ所、40万人近くの参加者を動員している。

 また、大人も参加して楽しめる地域のサイエンスフェステバルとして、英国発のサイエンスフェステバルの流れを受けた地域密着型のサイエンスフェステバルが函館や三鷹において、2009年より始まっている。地元の大学や新聞社などを巻き込むことによって、1年に1回、街全体で科学を語る機会をつくることできている。

 「サイエンスアゴラ」(注)はそうしたフェステバルを生み出す核となってほしいとの思いで開催してきた。今年も11月18日〜20日に、日本科学未来館を中心に開催予定である。「サイエンスアゴラ」の場合は、楽しいだけではなく、科学技術と行政とを結び付けるようなセッションも積極的に開催してきており、昨年は政治家の方にも足を運んでいただいた。今年は「新たな科学のタネをまこう——震災からの再生をめざして」をテーマに、私たちの安心・安全なくらし、そして未来を、科学技術を活用してどのように描けばよいのかをもう一度問い直す機会にしたい。

サイエンスコミュニケーターに求められている役割

 われわれサイエンスコミュニケーターは、サイエンスを分かりやすく伝えるためのスキル(技術、手法)を磨く必要がある。しかしそれだけでは十分ではない、サイエンスと社会をつなぐ役割を積極的に担っていく必要がある。サイエンスコミュニケーターは、プロデューサー兼ディレクター兼アクターなのだ。もちろんすべてに通じる必要はないのだが、そうした気概をもってほしい。

 かねがね、サイエンスコミュニケーターは職業ではなく、職能であり機能であると話してきた。研究者も教員も、そしてサイエンスコミュニケーター養成講座の受講者も含めてあらゆる立場の人がサイエンスコミュニケーターという心構えを持ち、大本営発表の安心理論ではない、自分たちで考え、自分たちで判断し、自分たちで入手したデータをコミュティーの中で共有し、地域の人の不安を解消する役割を担うことを願う。

 最後に昨年12月に開かれた「21世紀型科学教育の創造2010ワークショップ」での宣言文を紹介する。

 『科学コミュニケーションは、とても広い領域を含んでいる。したがって、協働の呼びかけは広い範囲にわたる。われわれの活動は小石を投じる行為にすぎないかもしれない。しかし、その波紋がやがては広がり、広範な賛同を呼ぶことになると信じる。なぜなら、われわれの活動は国の科学技術政策や科学教育、さらには地域の活性化や市民の生き甲斐づくりなどの実現への寄与をも目指すものだからである』

 今まさに、震災により避難した先の小学校において、被災者から放射能がうつるなどの誤解が生じている。そうした誤解をだれが解くのか、日本のサイエンスコミュニケーション・科学リテラシーが問われている。

(SciencePortal特派員 笠原 勉)

サイエンスライター、科学技術振興機構 科学ネットワーク部 エキスパート 渡辺政隆 氏
渡辺政隆 氏
(わたなべ まさたか)

渡辺政隆(わたなべ まさたか)氏のプロフィール
石川県立金沢二水高校卒。東京大学農学系大学院博士課程満期退学。30年以上にわたり、進化生物学、科学史分野を中心にしたサイエンスライターとして活動。2002年に文部科学省科学技術政策研究所に入所以降、サイエンスコミュニケーションの研究・促進活動に従事。現在は科学技術振興機構エキスパートとして「サイエンスアゴラ」の企画ほかを担当。奈良先端科学技術大学院大学、和歌山大学、日本大学芸術学部の客員教授も兼務。著書『一粒の柿の種』(岩波書店)、『ダーウィンの夢』(光文社新書)ほか、訳書はダーウィン著『種の起源』(光文社古典新訳文庫)ほか多数。最新刊はフォーティ著『乾燥標本収蔵1号室――大英自然史博物館 迷宮への招待』(共訳、NHK出版)。

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