ハイライト

継続こそ力 疫学と健康習慣(島本和明 氏 / 札幌医科大学 学長・理事長)

2011.02.23

島本和明 氏 / 札幌医科大学 学長・理事長

第21回日本疫学会、札幌医科大学開学60周年記念市民公開講演会(2011年1月20日)「高血圧から身を守ろう」から

札幌医科大学 学長・理事長 島本和明 氏
島本和明 氏

 日本の高血圧の患者数は約4,000万人、予備軍は1,500万人ほどといわれる。高血圧は、脳卒中や心筋梗塞(こうそく)、腹部大動脈瘤(りゅう)などを引き起こす動脈硬化の大きな要因である。厚生労働省「人口動態統計 2006年」によると、日本人の死因の1位はがん(約30%)だが、次いで心血管系の病気が28%に及ぶ。心疾患(約16%)と脳血管疾患(約12%)である。主に動脈硬化によるものだ。

 正常な動脈血管はしなやかで弾力性があり、内皮はツルツルで血液が順調に流れる。ところが内皮の弱いところが傷ついてかさぶたのようになると、血管が狭くなり詰まってしまう。酸素と栄養分を運ぶ血液が滞り、血管が壊死(えし)する。これは血圧の変動が内皮に負担をかけ続けることで生じる。

 疾病とリスク要因を特定し、診断基準や治療法を標準化するには疫学が不可欠である。疫学とは、市町村のような一定の集団の中で病気の原因や作用を探求し、健康の変化、変動を明らかにする学問である。例えば人口あたりの有病率、頻度、年齢や地域分布などを解析し、予防に役立てるためさまざまな研究を行う。当大学では公衆衛生学教室に当たる。

 さて、血圧の数値は上下2つが示される。上の血圧とは、心臓が収縮して血液を押し出す時の最高血圧を指す。収縮期血圧ともいう。心臓から流れ出た血液が一気に抹消血管まで到達するわけではなく、大動脈に半分近くがプールされる。大動脈がゴムのように膨らみ、収縮するおかげで血液は脈打つように身体の隅々まで運ばれる。血液が大動脈に戻ってくる時はゆっくりしているので弱い圧力になる。これが下の血圧であり、最低血圧、拡張期血圧とも言う。

 動脈は年齢とともに硬くなるので、80歳を過ぎると上がぐんと高く下はゼロになることもある。加齢現象なので心配せず、上の血圧の値に気をつけること。

 成人における理想の「至適血圧」は上が120未満かつ下が80未満、「正常血圧」は130未満かつ85未満。正常範囲でやや高めの「正常高値」は130-139 または85-89 である。高血圧は、上が140以上を20ごと、下は90から10ごとに3段階ある。Ⅲ度だと上が180以上または下が110以上となる。140-90の上下どちらかの数値を超えても服薬の対象になる。(単位:mmHg)

 札幌医科大学の第二内科では1977年から「端野・壮瞥町研究」という疫学研究を行っている。始めたときは約2千人を血圧の値で区分、34年間追跡してきた。4代にわたる教授と多くの医師が調査に関与している。20年間の経過を見ると、血圧が上がるごとに明らかに心臓病や脳卒中の患者さん、及び亡くなった人たちが増えている。何の症状もなかった人たちの変化の軌跡が歳月を経て見えてくる。

当初は北海道の中で寒さが厳しい端野町(現:北見市端野地区)と比較的温かな壮瞥町の比較を考えた。例えば気候による病気の違いである。すぐに地域差がないと分かり、現在高血圧と糖尿病の相関関係ほか、2千人を対象に合同研究を進めている。日本のいろいろな病気を考える上で貴重な成果を挙げている。

 「端野・壮瞥町研究」と「国民栄養調査 2002年」の男女年代別データの相似や傾向を検討すると、いずれも30歳未満の高血圧は少ない。特に女性は顕著だ。60才以上だと女性が男性を上回り、総じて年齢とともに増えていくことに留意したい。

 日ごろ血圧をチェックしているだろうか。家庭用の血圧計には上腕・手首・指の3タイプがある。指タイプは条件に左右され、上腕が最も信頼性が高い。機器の性能ではなく医学的な理由からだ。

 血圧は病院で計ると緊張して高く、家庭のほうが低くなりやすい。家庭や職場での数値を基準にするので、病院の値だけが高いのは白衣高血圧と呼び高血圧に入れない。一般的に薬は不要だが用心すること。

 病院で正常、家で高い人は仮面高血圧と呼び、通院していても見逃されやすい。血圧はストレスの影響を受ける。ヘビースモーカー、ハードワーカー、仕事と家事で忙しい兼業主婦は要注意だ。さらに職場で血圧を計る習慣をつけることが望ましい。2005年のデータだが、健診で正常でも仕事中に高い方が事務系で2、3割いる。

 糖尿病の場合、130-80程度でも心血管系の疾病リスクが大きい。また腎臓病は高血圧と密接にリンクしており、適正な血圧管理と薬による降圧が必要である。このようなガイドライン作成にも疫学が寄与している。いい加減な根拠で治療するわけにはいかない。地道な研究を本当に長い間続けてようやく方針や目標を立てられる。

 血圧はかなりの部分を自分で管理できる。次の項目をすべて努力すると血圧が10から15下がる方が出てくる。

 1. 塩分制限 2.栄養バランス(野菜・果物を多く、肉よりも魚を中心にコレステロールを減らす)  3.減量(BMI 体重÷身長が25未満) 4.適度の運動 5.節酒(男性は1日にビール中瓶で1本、女性はその半分くらい) 6.禁煙

 高血圧は糖尿や肥満と共にメタボリックシンドローム(メタボ)注1の概念に含まれ、「メタボ・高脂血症(高コレスロール血症)・喫煙」が動脈硬化の3大危険因子と考えられている。2008年に厚生労働省の「特定健診 特定保健指導制度」が施行された。通称メタボ健診といわれるが受診率の低さが課題である。

 メタボの背景には運動不足や食環境の変化がある。50年くらい前は寒い時期で塩分を多くとり低栄養の高血圧者に脳卒中(脳出血)が多かった。日本の一汁三菜は理想に近い食事であるが、塩分の多さが唯一の欠点であった。現在食塩1日6グラム未満が提唱されている。男性はかなり達成が難しい状況だ。

 最近はカロリー過剰による肥満が原因の動脈硬化が増えつつある。若い人たちでは主食・主菜・副菜の形がすっかり崩れ、塩分と脂肪を取りすぎになっている。内臓の周りに脂肪がたまる男性型肥満は、皮下脂肪がつく女性型肥満より深刻で、糖尿、脂肪肝にもなる。

 よく味噌汁の塩分(1回2グラム弱)が悪者にされる。しかし豆腐、野菜、キノコなど具を多くすればいくらでも加減できる。外食、加工食品、菓子類にも注意を払うべきではないか。世界で理想的な食事といわれている和食は野菜が豊富で、魚には健康に良いn-3系不飽和脂肪酸が多い。

 降圧薬を飲んでいても健康的な習慣が身につき1年後に正常値だったら減薬できる。血圧に応じて調整する。糖尿病もコレステロールも同様である。薬の効果と副作用は両刃の剣だ。薬は患者さんにとって副作用より効用が大きいと判断されたとき処方される。服薬後の体調の変化などを医師と率直に話し合うことが重要だ。

 医療の進歩は目覚ましい。心筋梗塞、狭心症の方はカテーテルを挿入して風船で開け、そこに「薬剤溶出性ステント」という金属のメッシュを置く。このステントの周りには血が固まらないように薬を塗っている。症状が起きたらできるだけ早く病院に来ていただきたい。このような処置もできて命が助かり、あるいは後遺症が少ないように治療もできる。

 自分の健康は自分で守る気構えも大切だ。疫学はやがて国民、道民の方々に必ず返ってくる仕事との信念で続けてきた。これからも緻密に疫学研究を積み重ねていきたい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

  注1. メタボリックシンドローム(metabolic syndrome):内臓脂肪型肥満のほかに高血糖、高脂血症、高血圧のどれかが該当する状態

札幌医科大学 学長・理事長 島本和明 氏
島本和明 氏
(しまもと かずあき)

島本和明(しまもと かずあき)氏のプロフィール
北海道小樽桜陽高校卒、1971年札幌医科大学卒、73年東京大学医学部第三内科研究生、78年米サウスカロライナ医科大学留学、80年札幌医科大学第二内科講師、96年同大学第二内科教授。同大学附属病院長を経て2010年から現職。医学博士。日本高血圧学会理事長、日本循環器学会理事など。循環器病予防賞、高峰譲吉賞、北海道科学技術賞など受賞。 専門は内科学全般・循環器。著書は「腎機能障害患者の循環器病マネジメント」(医学書院 編集)、「高血圧診療ガイド 心血管リスクを防ぐ!」(南山堂 編さん)、「メタボリックシンドロームと生活習慣病」(診断と治療社 編集)など。

ページトップへ