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IPCCをどう変えたらよいか 第3回「科学的知見の評価と影響予測中心に」(真鍋淑郎 氏 / プリンストン大学 上席研究員、名古屋大学 特別招へい教授)

2011.02.17

真鍋淑郎 氏 / プリンストン大学 上席研究員、名古屋大学 特別招へい教授

特別セミナー「地球温暖化にかかわる政治と科学の一側面」2011年1月21日、名古屋大学グローバルCOEプログラム「地球学から基礎・臨床環境学への応用」主催 講演から

プリンストン大学 上席研究員、名古屋大学 特別招へい教授 真鍋淑郎 氏
真鍋淑郎 氏

 米国で地球温暖化に最も懐疑的な人が多いのは気象予報士だ、という記事を新聞で読んだ。彼らは毎日、自然変動の現象に直面しているので、温暖化と気候変動や温度変化を混同しがちである。地球全体の平均気温を肌で感じる人などいないから、皆が感じるのは局所的な温度変化にすぎない。局所的には自然の変動の方が大きく、温暖化の影響を上回ってしまう。温暖化は起こっていないと思う人が多いのは、このためではないか?

 少々専門的になるが、過去数十年間に起こった気温変化の分布を見ると、大体、海よりも陸の方が暖まっている。北極海は冬、非常に暖まるけれど、夏にはほとんど温暖化がない。一方、南極周海ではほとんど温度は変わっていない。これは私が30年前に気候モデルを使って予測したことだが、ほとんどその通りになってきた。

 温室効果ガスの削減目標値を実現するということは事実上、大変難しくなってきた。途上国はますます二酸化炭素を発生している。中国の増え方などはものすごい。先進国が排出量を減らしても焼け石に水だ。それに先進国だってアウトソーシングをして途上国で二酸化炭素排出量をどんどん増やしている。途上国の品物をどんどん買い込んでいるということは、途上国の二酸化炭素排出の責任を先進国も持つということだ。

 とにかく、京都議定書と同様のフレームワークが将来できる可能性は減ったと言ってよい。オバマ米政権も議会で多数を占めていた過去2年間ですら、京都議定書法案は全く通りそうもなかった。法案が議会を通過することは非常に難しい。

 そうすると、二酸化炭素の増加は避けられないと考えた方がよい。温暖化が起こった時のことを本気で考えなければいけないということだ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、これまでアダプテーション(適応策)についてはあまり言わなかった。IPCCがやるかどうかは別としても、将来、温暖化にどのように適応すべきかを考えることが必要である。

 温暖化はいろいろな影響をもたらすが、一番重要な問題は干ばつと洪水ではないか。将来、温暖化に伴い乾燥地はますます乾き、湿っている所はますます湿るということになる。乾燥地からの大気の大循環が水蒸気を乾いている所から湿っている所に運んでいるからだ。温暖化が起こると空気の絶対湿度が高まる。だから水蒸気の輸送量も増える。そうすると、乾いたところはますます乾き、湿ったところはますます湿ってしまう。今、水不足で悩んでいる乾燥地域の中近東、米国の西半分、アフリカ、そういうところはますます干ばつの頻度が高まる可能性が大である。一方、バングラデシュなどの多雨国では洪水の頻度が増えそうだ。

 水問題がこれから深刻になるのは避けられない。日本は多雨国だから、洪水の可能性はますます増えてくると思う。同時に、外国の農産物を日本は大量に輸入しているから、世界の水問題の影響も受ける。温暖化だけでなく、いろいろな理由で水問題は既に世界的な問題になっている。この課題に今、対処することは将来に備えることにもなる。

 ただし、洪水などの適応策となると水気象の問題になってくる。ダム、井戸、パイプラインをどれだけ造るかということになり、実際に中国は今パイプラインを造ることを一生懸命考えている。そうなると、水気象学者の知恵を借りなければならない。マラリアが増えるということなら、医学の話になり医師にもIPCCに入ってもらわなければならない。経済への影響となれば経済学者もたくさん呼ばないとならない。それだけではすまないから政治学者も呼ぶ、となったら、社会科学、自然科学のあらゆる分野の人が必要となる。そうなるとIPCCが大きくなりすぎないだろうか? 今でも2,000人以上の人が参加している。将来は適応の問題は、別の委員会でやってはどうだろう。

 IPCCは最初にできた時の非常に重要な目標を振り返ってみるべきではないか。政策に関連した情報を政治家に提供することだ。「こういうことをやりなさい」とまでは言うべきではない、というのがIPCC設立時の基本概念だ。どのような税制にするか、炭素税かキャップ・アンド・トレード制度かといった適応策や緩和策までIPCCがやっていたら切りがない。フィジカル・サイエンス・ベイシス(気候システムと気候変動に関する科学的知見の評価)と影響予測に力を注いではどうか、というのが私の個人的な意見だ。

 インターアカデミーカウンシルの委員会が評価に要した期間は、たった3カ月間だった。従ってそこまで議論する時間はなかったが、今既に作業が進んでいる5次の報告書はさておいても、6次、7次の報告書をどうするかという議論を今すぐ始めるべき時期に来ているのではないかと思う。

プリンストン大学 上席研究員、名古屋大学 特別招へい教授 真鍋淑郎 氏
真鍋淑郎 氏
(まなべ しゅくろう)

真鍋淑郎(まなべ しゅくろう)氏のプロフィール
1931年愛媛県生まれ。旧制三島中学(現・愛媛県立三島高校)卒。53年東京大学理学部卒、58年東京大学大学院博士課程修了、同年米気象局(現・海洋大気局)研究員に。68年米海洋大気局地球流体力学研究所上席気象研究員兼プリンストン大学客員教授。97年帰国し、科学技術庁(当時)地球フロンティア研究システム地球温暖化予測研究領域長に就任、2001年帰米し現職。米気象局入局直後から大気大循環モデルの研究にかかわり、海洋大循環モデルと結合させた「大気海洋結合大循環気候モデル」を開発、二酸化炭素(CO2)濃度の上昇が大気や海洋に及ぼす影響を世界に先駆けて研究した。このモデルはIPCCの第1次報告書(90年)に引用され、自身、第1作業部会報告書の執筆者を務めた。米科学アカデミー会員。

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