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夢を追い続けて
第3回「問題と同居しない」

パデュー大学 特別教授、2010年ノーベル化学賞受賞者 根岸英一 氏

掲載日:2010年12月15日

サイエンスアゴラ2010閉幕セッション(2010年11月21日)特別メッセージ、日本記者クラブ主催昼食・記者会見(2010年11月25日)講演・質疑応答から

パデュー大学 特別教授、2010年ノーベル化学賞受賞者 根岸英一 氏

根岸英一 氏

 

われわれがやってきたDブロック遷移金属の触媒ということはこれからもますます重要になると考えている。過去10年で3回ノーベル化学賞がこの分野に出ていると言ったが、これらはほとんど一つの結合に二つの電子を必要とする。2電子移動反応というが、これは比較的お行儀のいい反応だ。ワイルドでない、収率が高い、きれいにいく、あるいは選択性が高い。そういう特徴がある。そういうことにわれわれは着目して徹底的に何十年か研究してきた。

もうひとつ1電子移動反応というのがあり、こちらは非常にラジカルでワイルドな反応をする。選択性も悪い。反応が多岐にわたって収率も低いといった欠点はある。まだ十分に研究されたとは到底言えない。しかし今、私はDブロック遷移金属を使った1電子移動反応にもっと着目すべき時期が来たと考えている。

なぜそれが重要なのかというと、自然で行われている光合成がまさにこの反応だからだ。緑の植物が太陽の光を吸い取り、クロロフィルを触媒にして水と二酸化炭素から炭水化物をつくる。これがまだできていないことはわれわれ科学者の一番の恥と考えている。だから最近、私は人工的な光合成の重要性を声を大にして言っている。クロロフィルは、一番大事なところに鉄がある。鉄も遷移金属で、人工的な光合成に絶対に必要であると思われるのがDブロック遷移金属の触媒だ。

人工的な光合成ができれば食糧問題が解決する。それから燃料問題も解決できる。二酸化炭素は今や悪者で「出すな、出すな」とばかり言われているけれど、むしろ二酸化炭素様々になりうる。自然がやっていることを実験室や工場に移す。それだけのことだ。原理的にできるのだから、できなければおかしい。

その役目を果たすのはわれわれ化学者だ。ただし、お金が出るから研究している、といった程度では駄目。グループ単位とか国家単位で、もっと洞察力のある人の数を増やし、政府が太鼓をたたいて、どんどん若い人もこの分野に呼び込めば、百パーセントできる。できるか、できないかではなく、いつできるかという問題だ。恐らく二酸化炭素の排出量をコントロールしようなんて言っているよりも早くできるのではないか。

日本の学問力というのは基本的に強い、高いと思う。だから、トップに立って引っ張っていくような人が多くなるようなシステムづくりをしていくことが必要だ。トップを引き上げるか、ボトムを持ち上げるかという議論がある。両方必要だろうが、トップを引き上げる努力はやはり常に重点を置かなければいけないのではないか。ゆとり教育で皆なるべく一線に並んで、飛び出すくいをなるべくつくらないようにするというような話も折に触れて聞くが、これはとんでもない話だ。どんどん出るくいをむしろ伸ばしていく。それが全体を引っ張っていく、と私は考える。そういうことをおおらかにというか、真剣にサポートできるようなシステムがある国でなかったら、多分駄目だろうと思う。

「Pursue your high dream with eternal optimism」(注)。先ほど色紙に書いたが、私はよく言う。「あなたは何回失敗する準備がありますか」と。「絶対いけると思ったことは、少々失敗しても…」という意味だ。同時に「Don’t live with problems」ということもよく言う。科学者が非常に陥りやすい習慣性の「病気」があり、何かうまくいかないことがあると、それは当たり前だというふうに慣れてしまう。科学、研究というのは難しいんだ、と。これが危険だ。うまくいかないことを、ああでもない、こうでもないと何週間、何カ月、あるいは何年も続けるようなやり方は駄目だ。

私はできることならその日のうちに解決すべきだと考えている。即解決できなければ、1週間くらいの間にいろいろな違った手を素早く打つ。20から30くらい適当な案をリストアップして、急いでやれば1週間か10日でできる。1カ月かかってもいいけれど、駄目だったら速やかに棚上げして、また別なことをやって、その間に棚に上げた問題を折に触れて見てみればよい。

実はジルコニウムを触媒にしたアルミを使った不斉の付加反応は17年かかって発見した。ただ、17年間ずっと失敗していたかというと、そういうことではない。これだと思ったら、ダッとやる。1週間か10日ぐらいやって駄目だったら棚上げして、何かいい案が出たら、また戻してきてやってみる。そういうやり方をした。

「Don't live with problems」あるいは「あなたはもうproblemと同居し始めているのではないのか」と言って来たのは、そういう理由からだ。

注:あなたの高い夢を永遠の楽観主義によって追いかけなさい

(完)  

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パデュー大学 特別教授、2010年ノーベル化学賞受賞者 根岸英一 氏
根岸英一 氏
(ねぎし えいいち)

根岸英一(ねぎし えいいち)氏のプロフィール
神奈川県立湘南高校卒。1958年東京大学工学部応用化学科卒、帝人入社。60年帝人を休職しフルブライト奨学生として米ペンシルベニア大学に留学、63年同大学院博士課程修了、Ph.D取得。66年帝人を退社、米パデュー大学、ハーバート・ブラウン教授の研究室へ。パデュー大学助手、シラキュース大学准教授などを経て79年パデュー大学教授。99年から同特別教授。有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリングの業績で鈴木章・北海道大学名誉教授、リチャード・ヘック米デラウェア大学名誉教授とともに2010年ノーベル化学賞受賞。同年文化勲章も受章。

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