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夢を追い続けて
第2回「パラジウムの魔術的触媒作用発見」

パデュー大学 特別教授、2010年ノーベル化学賞受賞者 根岸英一 氏

掲載日:2010年12月9日

サイエンスアゴラ2010閉幕セッション(2010年11月21日)特別メッセージ、日本記者クラブ主催昼食・記者会見(2010年11月25日)講演・質疑応答から

パデュー大学 特別教授、2010年ノーベル化学賞受賞者 根岸英一 氏

根岸英一 氏

 

ノーベル化学賞をいただいた研究の発端は、ペンシルベニア大学の大学院生だった時にさかのぼる。周囲に有機合成をやっている人はほとんどいなかった。私自身も高分子の出で、いわゆる有機合成というのはほとんどやったことがない。やってみると、これが意外に厄介で、難しい。どうしてこんなには難しいのか。もっと簡単にできないものだろうか、と考えた。随分ドンキホーテ的だったといえる。

周期律表には、100を超す元素があるが、その中で有機の元素というのは10か12ぐらいしかない。主なものは水素、炭素、窒素、酸素、リン、硫黄、ハロゲンくらいだ。皆、数多い金属はほとんど使わずに有機合成をやっていた。そこに着目し、90近くもある金属を有機合成に取り込んでみたらどうだろうか、ととんでもない考えを持った。結局、それ以来50年間、追求し続けたことになる。

最初はボロンからスタートした。実は一緒にノーベル化学賞を受賞する鈴木章先生も、時期は重ならないもののボロンを研究された。放射性元素、毒性を持つ元素は有機合成に向かないからこれらを除くと使える金属は60くらいになる。これと10から12くらいある有機系の元素を足した約70の元素を使って有機合成をやっていこうじゃないか。若気の至りともいえる考えだったろう。

使える金属約60のうち、Dブロックの遷移金属と呼ばれるものがあり、テクネチウムという放射性のものを除外すると23ある。チタン、ジルコニウム、鉄、コバルト、ニッケル、銅、金、白金などが含まれており、材料としても非常に優れたものばかりだ。今回、受賞理由となったパラジウムを触媒にしたクロスカップリングを例にとると、100万回繰り返しても使える。そのくらい触媒作用があるということは、100万円の触媒でも1回の反応当たり1円で済むということだ。実際にはもっと多く10億回もの反応に繰り返し使える。

有機の代表的元素である炭素と、金属との化学結合を含む化合物。これを研究対象とする有機金属化学の分野で最初にノーベル賞を取ったのはグリニャールだ。グリニャール試薬で知る人も多いだろう。ノーベル賞を取ったのが1912年だから2年後に100年祭をやろうと考えている。そうした歴史を持つ分野だが、グリニャール試薬を使うことで炭素と炭素を結びつける反応ができることはできるが、ほとんどの場合にはできない。

炭素と炭素を結合させ、特に自由に思ったようなものができるようになると、有機合成が本当に根底から変わってしまう。グリニャール試薬のようにマグネシウムという金属を使っただけでは駄目だが、Dブロックの遷移金属を触媒としてわずか加えただけで、それができるようになる。今回のノーベル化学賞受賞の一番大きなポイントは、Dブロック遷移金属、特にパラジウムのまさに魔術的な触媒作用というものが認められたものだ、と考えている。

実はDブロック遷移金属の触媒作用というのは、まだまだ大きな可能性がある。過去10年間のノーベル化学賞を見るとすぐ分かる。この10年間に3回、この分野から受賞者が出ているのだ。1回目は2001年の野依良治、シャープレス、ノールズの3氏で、ロジウム、ルテニウム、あるいはチタンというすべてDブロック遷移金属を用いた触媒反応だ。2回目は05年のグラブス、シュロック、ショーバンの3人で、これも同様にDブロック遷移金属のルテニウム、モリブデン、タンタルなどを使ったものだ。炭素の二重結合を今までになかったような形でできるようにしたという新規性ですばらしい発見、展開だといえる。

3回目が私どもだ。われわれの特徴は炭素と炭素の一重結合にある。私は一重結合の方が二重結合より広く使えると思っている。受賞理由としてパラジウムを使ったことが評価されたが、実は私どもは、若干先行していたニッケル・グループからヒントを得た。京都大学の熊田誠(故人)、玉尾皓平(現・理化学研究所基幹研究所長)両氏によるニッケル触媒の研究業績だ。

私はブラウン先生のところでずっとボロンを研究していたので、銅を触媒にしてボロン反応をもっと広く応用できないか試みた。これは失敗ばかりだった。そこで目に付いたのがニッケル触媒、マグネシウム試薬を組み合わせた玉尾先生の研究だ。銅触媒・ボロン試薬というそれまでの研究方法を銅の代わりにニッケルに置き換えることを思いつく。このニッケル・ボロンの組み合わせでいろいろやったのだが、これも失敗ばかりでうまくいかない。そこで周期律表でボロンのすぐ下の元素がアルミであるのに目を付け、ボロンをアルミに代えたニッケル・アルミの組み合わせを試してみた。これがうまくいった。私にとって最初の大きな発見といえる。

そこで私の欲張り癖が出た。アルミでうまくいくなら他の金属でもできるのでは、と始めたところ、ニッケルの悪い点がいろいろ出てきた。それなら周期律表でニッケルのすぐ下にあるパラジウム、あるいはさらにその下の白金ではどうか、と調べた結果、特にパラジウムが際立ってよいことが分かった。

パラジウムが最適な触媒と分かった段階で、組み合わせる相手もアルミ以外に広げ、亜鉛がどうやらパラジウムと組み合わせる最適な金属ということを突き止めた。「根岸カップリング」というとパラジウムを触媒にした亜鉛のカップリングだといわれている。確かに亜鉛との組み合わせが最適だと今でも考えているが、亜鉛は根岸カップリングの中の一つ、というのが私の思いだ。

実は、パラジウムについては大阪大学の村橋俊一先生(現・大阪大学名誉教授)が私と同じころに論文を発表されている。今回、玉尾先生がノーベル賞の受賞から外れたのも惜しいし残念だが、村橋先生も非常に惜しかったと思う。

鈴木章先生、ヘック先生、私の受賞の陰には何十人かの非常に大きな貢献をされた方々がおられるということを強調したい。

(続く)  

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パデュー大学 特別教授、2010年ノーベル化学賞受賞者 根岸英一 氏
根岸英一 氏
(ねぎし えいいち)

根岸英一(ねぎし えいいち)氏のプロフィール
:神奈川県立湘南高校卒。1958年東京大学工学部応用化学科卒、帝人入社。60年帝人を休職しフルブライト奨学生として米ペンシルベニア大学に留学、63年同大学院博士課程修了、Ph.D取得。66年帝人を退社、米パデュー大学、ハーバート・ブラウン教授の研究室へ。パデュー大学助手、シラキュース大学准教授などを経て79年パデュー大学教授。99年から同特別教授。有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリングの業績で鈴木章・北海道大学名誉教授、リチャード・ヘック米デラウェア大学名誉教授とともに2010年ノーベル化学賞受賞。同年文化勲章も受章。

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