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経済学で解く排出量取引

北海道大学大学院 経済学研究科 准教授 肥前洋一 氏

掲載日:2009年12月24日

北海道大学市民公開講座「持続可能な低炭素社会」第11回講義「排出量取引の経済理論」(2009年6月25日)から

北海道大学大学院 経済学研究科 准教授 肥前洋一 氏

肥前洋一 氏

 

地球温暖化防止のためには、温室効果ガスの排出量を「世界全体で一定の水準まで」削減することが求められる。根本は自然科学的な問題だが、実際に温室効果ガスの削減に取り組むのは人間であり、社会科学的な大きな問題が発生する性質を持つ。1つはフリーライダー(他国が削減してくれることを当てにして自国は削減しないただ乗りする人)、もう1つは公平性、どの国がどのくらい削減するかという問題である。

1997年の京都議定書は、国ごとに温室効果ガスの削減量目標値を定めた。フリーライダーと公平性の問題を解決するためである。しかし、「各国は自力削減によって目標値を達成すべき」という一種の義務感にとらわれるようになった。また京都議定書で認められた国家間の排出量取引は、しばしば「目標値を達成できそうにない国のための抜け道」と批判されるようになった。

確かに京都議定書には、国家間の排出量取引は「国内の行動に対して補足的なものであること」(第6条1(d))と書かれている。「締結した以上、自力で達成できるように努力しないと仕方がないのでは」という意見もあるが、世界全体で一定の量の削減を図るなら、その費用の総額を念頭に置かなければならない。

国ごとに目標値を定めたことは、世界全体で排出量を削減するための手段であり、目的ではない。削減費用を低く抑えられれば余剰金でさらに削減できるし、同じ費用をかけるならより多く削減できるほうが良い。世界中で最も安く削減可能なところから順に実施していくことが、費用最小化もしくは削減量最大化の観点から望ましいはずである。

排出量取引は世界全体の総削減費用を最小化する。その経済学的な意義は、温室効果ガスを削減するための次の3つの手段を比べてみると分かりやすい。

「呼びかけ」- 応じる人たちは削減努力を割合苦にせず、(精神的負担を含む)削減のための費用が低い人たちと見なせるだろう。そのような人たちから順に削減することは、削減費用総額の最小化という点で望ましいが、環境問題に意識の高い人たちだけが努力して、そうでない人たちは何もしないという点で不公平。それに地球温暖化問題の解決に十分な量が確実に削減されるだろうか。

「強制」-「その人自身が削減した排出量」のみを各人の削減量と定義する。全員が費用を負担して一律に削減させるなら公平。しかし費用の高低にかかわらず一律同じ量を削減するのでは、総費用を最小化できない。

「経済的インセンティブ」- 排出量取引が当てはまる。各人に削減目標を与え、「他人が削減しても、その分に対価を支払った人の削減量としてカウントされる」と広く定義する。削減費用の低い人が高い人の分を引き受け、お金を得る。冒頭の2つの問題の解決と同時に、削減費用の最小化も達成しようとするものである。

最後の方法がもっとも効果的で合理的なことは明らかではないだろうか。

お金による解決をよしとしない考えもあるだろう。しかし世界の国々は自由貿易という旗印のもと、自国の生産性が高い財やサービスを輸出し、そうでない財やサービスは他国から輸入して互いの生産費用を低く抑えられるよう助け合っている。排出量削減というサービスも同様に扱えばよいのではないか。

取引市場を設けると排出量削減というサービスが投機の対象になってしまうのでは、と危惧(きぐ)する声がある。確かに、投機目的の売り注文や買い注文が大きなシェアを占めるようになると、価格を見ても誰が自分で削減すべきか、誰がそうでないかを判断しにくくなる。投機による価格の乱高下(注1)が起こるなら各人は排出削減の計画を立てにくい。

投機目的の参加をできるだけ排除、価格が急上昇するときには政府保有の排出許可証を売りに出すなど、価格の安定化を図る必要があろう。もっとも投機が引き起こすこの種の問題は排出量取引に限らず、エネルギー資源や穀物をはじめとして今後希少性が高まっていくと予想されるすべての財に共通の課題である。

最後に環境税との政策の違いに触れておきたい。環境税は、温室効果ガスを発生させる財やサービスに課税し、それらの税込価格の上昇と取引量の減少を通じて間接的に排出量を抑えようとする。だが取引量の変化に応じた的確な税率をみつけることは難しい。

排出量取引は直接的に抑えようとする。排出許可証の発行枚数を決めてしまえば、それ以上排出することはできない。排出許可証の発行枚数(供給量)によって、排出許可証および温室効果ガス排出の源になる生産財やサービスの価格が決まることになる。

ただし誰に何枚ずついかなる方法で配分するかを決めるのは簡単ではない。ちなみに排出許可証の配分方法には、入札で排出許可証を売るオークション方式、各排出主体について基準年の排出量の何パーセントという形で配分するグランドファザリング方式、全員一律の基準排出量を定めるベンチマーク方式などがある。

日本は温室効果ガスの排出量を2020年に25%削減(1990年比)という目標を掲げている。05年から環境省の「自主参加型国内排出量取引制度」が実施されているが、今後、排出量枠の市場取引制度について論議が進むことが期待される。

(SciencePortal特派員 成田 優美)

北海道大学大学院 経済学研究科 准教授 肥前洋一 氏
肥前洋一 氏
(ひぜん よういち)

肥前洋一(ひぜん よういち)氏のプロフィール
1996年早稲田大学政治経済学部卒。大阪大学大学院経済学研究科修士課程を経て、2004年米ペンシルバニア大学大学院経済学研究科博士課程修了。02年北海道大学大学院経済学研究科講師、05年同研究科助教授、07年同大学公共政策大学院准教授を経て、09年現職。専門分野は実験経済学、新政治経済学、応用ミクロ経済学。現在、ミクロ経済学や実験経済学の手法を用いて制度(とくに選挙制度)の分析と設計の研究を行っている。

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