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森林力で地域創造(小林紀之 氏 / 日本大学法務研究科 教授)

2009.09.14

小林紀之 氏 / 日本大学法務研究科 教授

日本大学法務研究科 教授 小林紀之 氏

日本大学法務研究科 教授 小林紀之 氏
小林紀之 氏

 「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第4次報告書(2007年)は、地球温暖化を緩和するために、森林の活用が長期的に最も有効と位置づけている。京都議定書(1997年)の第3条4項には、林業における人の追加的な活動がうたわれている。

 日本は同議定書で2012年までに温室効果ガスの6%削減(90年総排出量比)を約束、そのうちの3.8%(1,300万トン:炭素換算、以下同)を森林吸収で補っていこうと検討してきた。削減目標を達成するには、あと110万トン分の吸収源が必要だ。

 林野庁は02年、健全な森の整備や木材・木質バイオマスの利用推進など5点を柱に「地球温暖化防止森林吸収源10カ年対策」を策定した。07年から20万ヘクタールずつ6年間の追加整備と毎年55万ヘクタールの間伐が計画されている。

 同庁の森林・林業基本計画(06年)によると、国産材の供給目標は15年度に04年度より約35%増の2,300万立方メートル。森林を「緑の社会資本」としてとらえる方向が打ち出されているが、国産材の利用を増やすことは難しく、どう使うかが課題だ。

 日本の林業経営は多くの問題を抱えている。木材価格の低迷や生産コストの上昇などにより採算が低下、森林経営の放棄や境界の不明が起きた。皆伐後に再造林されない放棄地が拡大している。所有者のモラルや罰則の強化を期待するにも限界があり、ほとんどの市町村は人員削減で取り組み体制ができていない。

 平成の大合併が一区切りを迎える中、厳しい状況ながら森林資源を基盤に独立路線を歩む自治体がある。森林の適切な活用は自然環境を改善し、カーボン・オフセット、森林バイオマスなど森林の経済・社会的な価値の創出は地域を活性化する。地方分権と補助金のあり方を考えると、ばらまき型の補助金より地方からの提案が生かされる方法が有益ではないか。

 カーボン・オフセットとは、努力しても削減しきれない二酸化炭素(CO2)などをほかの場所や活動によって相殺する、欧州や米国で活発な手法だ。昨年から年賀はがきで名前が知られたように、08年11月、環境省がオフセット・クレジット(J-VER:VERIFIED EMISSION REDUCTION)制度を導入した。

 この制度は国内のカーボン・オフセットを対象に数種のプロジェクトを提示している。温室効果ガスの排出削減や吸収量を増やす事業者が実施し、第三者委員会が検証後、J-VER認証運営委員会が認証してクレジットを発行するという仕組みだ。対象となる森林にも基準があり一見難しい制度だが、有望な利点がある。費用の点で削減事業に踏みきれなかった自治体や企業でも、お互いを補完できるからだ。具体的には、高知県が住友大阪セメント高知工場に木質バイオマス発電によるCO2削減を委託、株式会社ルミネが排出するCO2と相殺という例がある。

 クレジットの売買による金融商品的な利ざや稼ぎや詐欺まがいの問題を防ぐために、環境省は対策を講じている。08年2月「カーボン・オフセット指針」をつくり、同年3月「カーボン・オフセットに用いられるVERの認証基準に関する検討会」を設置、10月には同制度の森林吸収源クレジットのワーキンググループ委員会が発足した。森林吸収源の適格性や現地調査の方法論などを討議している。京都議定書を基本に吸収量を算定、山火事や災害のリスクに備えてその3%をプールしている。J−VERが世界で通用するには、ISO14065で認定された信頼できる第三者機関が検証することが重要だ。

 自治体と企業の協働は森林所有者に協賛金として整備費をもたらし、雇用や都市住民との交流が生まれる。企業にとってもCSR(企業の社会的責任)報告書で社会貢献活動をピーアールでき、新たなビジネスチャンスにつながる。例えばコクヨ株式会社は、協働の森の間伐材で木質系事務機器をつくる事業を始めている。

 全国林業改良普及会が07年12月に行った都道府県の取り組みについてのアンケート(回収率100%)では、「企業の森林づくり活動支援制度」の実施済みは80%、「CO2吸収量認証制度」では26%。「カーボン・オフセットへの活用」はまだ4%だが、制度設計に当たる自治体が増えており、今後急速に普及すると予測される。高知県は「協働の森づくり」で吸収量認定を国内で初めて制度化、静岡市は「都市と森林のリンケージによるCO2の地産地消」を行っている。新潟県は今秋からカーボン・オフセット制度(第1号に佐渡島のトキの森)を予定している。

 北海道下川町は循環型森林経営を長年実践してきた。同町の森林率は9割。55年から数度にわたり国有林を取得し、町有林の評価額は73億円に及ぶ。03年は北海道初のFSC(森林管理協議会=本部ドイツ)森林認証を取得した。毎年50ヘクタールを60年間植林する計画でトドマツオイルや木炭ほか多彩な林産物と雇用が確保される。ゼロエミッション木材加工、カーボン・オフセット、地域熱供給システムなどによる産業の振興を図り、環境モデル都市として次世代型の「北の森共生低炭素モデル社会」を創造している。1990年比で2050年のCO2排出量は32%減、森林吸収量は約4.5倍に増えると見込まれる。

 北海道では03年に全国に先がけ「森林吸収源を活用した地域経営に関する政策研究会」(道内39市町村、事務局 下川町)が発足した。さらにその協議会の中の4町が連携して「森林バイオマス吸収量活用推進協議会」(足寄町、下川町、滝上町、美幌町)が誕生。08年度から3年計画で森林バイオマスのCO2吸収機能、化石燃料代替による削減効果を活用するシステムを構築、J-VER制度も活用し地域活性化を目指している。

 今年4月、同推進協議会は一般社団法人more trees(代表理事 坂本龍一氏)と森づくり協定を結び、J-VER制度の対象として「北海道4町連携による間伐促進型森林づくり事業」を環境省に申請中だ(編集者注:7月1日、間伐促進型プロジェクトに登録された)。

 環境問題ではグローバルな視野と地域で行動することのどちらも大切。地域から世界を動かす可能性がある。

日本大学法務研究科 教授 小林紀之 氏
小林紀之 氏
(こばやし のりゆき)

小林紀之(こばやし のりゆき)氏のプロフィール
1964年北海道大学農学部林学科卒、住友林業入社。98年理事、2001年研究主幹。北海道大学非常勤講師、愛媛大学客員教授も。03年同社退社後、(財)地球環境戦略研究機関客員上席研究員などを経て04年から現職。農学博士。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書・第3作業部会・統合報告書の査読者、環境省のカーボンオフセット検討会委員、京都メカニズムに関する検討会委員、世界銀行Bio Carbon Fund技術諮問委員、林野庁の次期枠組みにおける吸収量計上方法など調査委員会委員、同CDM植林技術指針調査委員、環境省の森林などの吸収源に関するワーキンググループ委員、 国際協力機構(JICA)CDM植林国内支援委員なども。著書に「21世紀の環境企業と森林 森林認証・温暖化・熱帯林問題への対応」、「第3版 地球温暖化と森林ビジネス 「地球益」を目指して」、「温暖化と森林 地球益を守る -世界と地域の持続可能ビジョン-」(いずれも日本林業調査会)など。

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