コラム - ハイライト -

高い目標掲げ真の豊かさを

国立環境研究所 特別客員研究員 西岡秀三 氏

掲載日:2009年6月19日

北海道大学公開講座 「持続可能な低炭素社会」第4回講義「低炭素社会のグランドデザイン」 (2009年5月7日)から

国立環境研究所 特別客員研究員 西岡秀三 氏

西岡秀三 氏

 

高い目標掲げ真の豊かさを

地球温暖化の問題については、今も書店に諸説が並んでいます。しかし1988年に発足した「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第4次IPCCレポート(2007年)では、「今の温暖化は人為的な温室効果ガスの排出に起因すると90%の確度で言える」との結論が出ています。この十数年間、人工衛星やコンピュータが飛躍的に発達しました。いろいろな分野の研究者が組織され、温暖化のプロセスが科学的に解明されてきたのです。一方1992年のリオデジャネイロの地球サミットでUNFCCC(気候変動枠組み条約)を採択、1997年京都議定書など国家間の協議が重ねられています。

現実に地球の平均気温は上昇を続け、北極やヒマラヤをはじめとして、世界各地で異常気象による影響が起きています。日本でも局地的な豪雨と鉄砲水の続発、熱中症の激増、九州の未熟米など異変の兆候が報告されています。大気中に二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスが増えるほど気候は変動します。気候安定のために低炭素社会は科学的な必然です。

人間は年間で約70億トン(炭素換算)のCO2を大気に放出しています。自然界の吸収量は約30億トンで、毎年40億トン確実にたまっていくわけです。しかも気温が上がると、森林では土の中の有機物の吸収反応が鈍り、CO2を出していく。研究によると海も2010年をピークに吸収率が下がっていきます。アイスコアの分析では、過去の気温と大気中のCO2濃度との相関関係が明らかになっています。産業革命以前の濃度は280ppm、現在は380ppm、年間2ppm増えており、あと10年で危険なレベル400ppmに入るのです。

450ppmでも途上国を中心に食料不足や水資源変化などの増大を免れず、500ppmでは約4割の確率で生物多様性が損なわれます。生態系の変化はすぐにわからないので要注意です。地球システム全体の破壊的な影響の可能性もあります。数億人が水不足に陥る恐れがあり、国際的な安全保障にかかわってきます。予防原則を適用し早期に手を打つべきです。

人類は科学技術によってさまざまな問題の解決を図ってきました。そして便利な暮らしを支える技術はエネルギーで成り立っています。例えばわずか数歩を省略するためだけのテレビのリモコン。その待機電力は家庭の消費電力の7%に及びます。エネルギーに依存した文明を見直す時期です。一昨年のハイリゲンダムサミットでは、2050年まで世界全体でCO2の50%削減に合意しました。12月にはコペンハーゲンで京都議定書以後のあり方を議論します。

国際社会で日本はどのような役割を果たせるか、国民の生活はどうなるか。低炭素社会作りには、技術革新や再生エネルギーの促進だけでなく、炭素価格を取り入れる経済政策、公共交通体系の拡大、農村の新たな機能としてバイオマス供給とCO2吸収を高める国土の保全などを含めた国の形を考えねばなりません。内閣府は「2020年の日本の温室効果ガスの削減の中期目標」(中期目標)を決めるために、昨秋「地球温暖化問題に関する懇談会」の下に「中期目標検討委員会」を設置しました。私も委員を務めています。検討会では6つの案が取りまとめられ全国で意見交換会を開催、6月に政府が正式決定します。(注:6月10日、2005年比15%=1990年比8%削減目標を発表)

元々どの案も国内総生産(GDP)が1.3%上がることが前提ですので、全体にGDPは25%上昇します。削減政策を採るとその達成が数カ月遅れますが、それは将来の安定な気候を得るために我慢してくださいということです。気候変動による洪水被害だけでも、この費用を上回りますから、コストとベネフィットの点でも温暖化対策をする方が得になります。

CO2削減のために費用がどれだけかかるか。3月17日の全国紙朝刊に「考えてみませんか?私たちみんなの負担額」という全面広告が出ました。1990年比3%減らすのに必要な費用を家庭が全部持つと、10年間に52兆円、1家庭で105万円というインパクトある数字です。国立環境研究所の試算でも46兆円でした。しかし、企業も応分の負担をすることで新技術の開発を進め、家庭も省エネの利益を計算に入れると家庭の負担は月1000円程度になります。これが安定な気候を得るための負担です。

もう一つ削減目標を考える視点として、危険な状況を回避するために気温上昇を何度に抑えるべきか、その削減量を世界全体でどう分担していくかを考えねばなりません。残念ながら現在、各国からの提案だけではこの安定化の目標に至りません。

2007年、UFCCCのバリ会議で先進国は2020年に25-40%減、途上国にも削減を要請する方向で合意しました。平等に分担するには「責任・能力・実効性」という衡平性の基準で考えるべきです。責任とは排出量、能力とは各国の支払い能力、実効性とは削減効率です。ほかに全世界で1人当たり排出量を均等化する、最終的にはみな同じにするというわかりやすい平等の考えもあります。国際交渉では、各国の多様な提案に備えて弾力的な準備が必要です。

最も重要なことは途上国の納得と協力。それには先進国が応分に負担し、日本は削減目標で率先することです。いまGDP当たり1単位の富を得るためのエネルギー消費は、日本が世界で一番少ないけれど、英国は近年半減、ドイツ、フランス、米国は急減しています。太陽光発電の年間導入量は2003年ごろまで日本がトップでした。ドイツ、いまやスペインにも抜かれています。ドイツでは電力の固定買い取りシステムがあり、太陽光パネルが相当普及しています。

結局、幾らかの負担は発生します。それは将来の気候安定化のためのコスト、次世代の安全のための投資です。省エネ節約分によって大幅に低減します。ただし的を射た政策がGDPを左右します。

”休日のETC千円”はいかがなものでしょう。他方、日本が中国やベトナムでCO2を減らす投資(クリーン開発メカニズム)をしたり、排出権を買い取る道もあります。みんなが日本の優れた技術力を使ってCO2の排出が少ないモノづくりをしてくれればよいのですが。

私たちは、2050年に温室効果ガス排出を70%削減するシナリオを検討しました。植林の推進と森林のバイオエネルギー活用、CO2の地中封じ込めのほか、部門ごとに対応した施策が必要です。家庭の省エネルギーには太陽光パネル、住宅の断熱や暖房の効率アップ、リフォームなどフロー対策の強化も効果的です。運輸・旅客では、燃費の良いハイブリッド車、高価だがCO2がガソリン車の4分の1という電気自動車(三菱のミーブ)が発売されており、80%以上の削減が可能です。

技術だけでなく、社会的な変革を考えていくのです。中心部が空洞化して、郊外のショッピングセンターに高齢者が運転して出かける街でよいでしょうか。私たちは歩いて買物に出かけ楽しく過ごせる、コンパクトな街づくりを検討しています。低炭素社会では石油・石炭製品が減少、省エネを受け持つ電気機器、輸送機械が伸びると推定されます。太陽光発電設備をつけた人々、公共交通を利用している人々などが報われるよう、炭素排出にコストがかかるようにしなければなりません。

もう一つ大切なことは、今の低いエネルギー自給率を変えることです。一人約2万円、総額20兆円のエネルギー費用が外国に流出していますが、低炭素社会はエネルギーの安全保障につながります。

気候変化対応をきっかけに、みんなで低炭素社会のグランドデザインを考えてゆきませんか。

SciencePortal特派員 成田優美

国立環境研究所 特別客員研究員 西岡秀三 氏
西岡秀三 氏
(にしおか しゅうぞう)

西岡秀三(にしおか しゅうぞう)氏のプロフィール
1967年東京大学大学院数物系研究科機械工学専攻博士課程修了、工学博士。旭化成工業を経て79年国立公害研究所(現・国立環境研究所)入所、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、国立公害研究所地球環境研究センター総括研究管理官、東京工業大学教授、慶應義塾大学教授、国立環境研究所理事、同参与などを経て、2008年現職。1988-2007年IPCC第2作業部会副部会長、章担当主執筆者。2004-08年、環境省地球環境研究総合推進費「2050年日本低炭素社会シナリオ研究」プロジェクトリーダー。専門は環境システム学、環境政策学、地球環境学。主に温暖化の科学・影響評価・対応政策研究。著書に「本低炭素社会のシナリオ-二酸化炭素70%削減の道筋」(編著、日刊工業新聞社)、「Newton別冊 地球温暖化」(監修、ニュートンプレス)、「地球温暖化と日本」(共著、古今書院)など。

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