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研究開発に景気刺激効果(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2009.03.06

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

信濃毎日新聞 2009年3月2日朝刊「科学面」から転載

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 景気が悪いと科学技術が注目される。米オバマ政権が早々に打ち出した70兆円を超す景気刺激策には、大型の研究開発予算も盛り込まれた。

 急激に景気が悪化するいま、研究開発によって技術革新を起こし、それを産業に結びつけるなどと悠長に構えていられない。研究開発予算が議論されるのは、その予算投入自体が次の4つの「有効な景気刺激効果を持つ条件」を満たすと考えられているからだ。

 まず、お金が迅速に使われ、最初の購入がなされる。第2に売り上げた側がまたすぐにそのお金を使う。銀行に預けられず、お金がぐるぐる回転する。第3は景気刺激のお金を使っても、その後の買い物が減らないこと。そして最後に、使う目的に人々の支持が得られなければならない。

 科学技術研究ならば、研究費が付くと欲しかった研究機器をすぐに購入する。すると、機器を作る部品メーカーにお金が流れ、部品を作る素材メーカーにもお金が巡っていく。第1、第2の条件は満たされそうだ。

 第3の条件はやや難しい。景気刺激策のお金が後々買うつもりだった生活必需品に使われれば、購入が前倒しになるだけで、効果が薄い。景気刺激策では「買えないなぁ」と思っていたものを買えるようにすることが望ましい。研究開発への予算投入は、それ自体が景気刺激になるだけでなく、いずれ新たな製品が市場に出ることで、未来の景気をけん引できる可能性が魅力である。

 オバマ大統領は「米政府は百兆円もの財政赤字を増やすことになる。しかし、そのお金で私たちはすぐに新たな雇用を生み出し、次世代の子どもたちへの遺産を造る。」と訴えた。有望だが手を付けられなかったところへお金を注ぎ込もうという狙いが分かる。

 米国では太陽電池や電気自動車がまだ売れていない。値段が高すぎるからだ。これらを先取り購入して雇用を増やすことも含まれた。技術開発を誘導して、これらの産業がその後も存続できるようにしようと意図している。

 日本では、2兆円の「給付金」では、あまり高邁(こうまい)な理想を唱えることができず、むしろ政権の基盤を危うくした面がある。もう一けた以上大きな景気刺激策が必要だという議論も出始めた。

 まだ、個々ばらばらな素案が提起される段階ではある。例えば「全国の学校の屋根に太陽電池を取り付ける」「シャッターの閉じた商店を子育てセンターや介護施設に改築する」「地球環境への対処策を考える大学の研究チームを大規模に発足させる」「食糧自給率百%を目指す新しい農業の形を作る」などがある。

 景気刺激策は税金でなされる。災いを転じて未来にやらなければならないことをできるような選択をしていきたいものである。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
1943年長野県飯山市生まれ。長野高校卒、東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。

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