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世界を引っぱる日本の研究者(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2008.04.18

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

信濃毎日新聞 2008年4月7日朝刊「科学面」から転載

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 科学の世界で〝フィーバー〟はそう頻繁には起こらない。一九八六年に世界中が高温超電導物質発見を競った時には「○○大学が臨界温度をまた更新」といった記事が連日のように報道された。あれから二十年、今年はそれ以上に熱くなりそうな予感がする。震源地は日本である。

 すでによく知られるニュースは、京大の山中伸弥教授らが発明し、命名した「iPS細胞」である。自分の皮膚などからとった細胞を操作して、受精卵に近い状態の細胞に戻し、再び自分のあらゆる器官や組織に分化していけるようにする。他人の受精卵を使うこれまでの再生治療の試みは倫理的な後ろめたさがあったが、山中細胞にはそれがない。また、他人の細胞を使わないので拒絶反応の困難も回避される。ローマ法王や米大統領からまでも絶賛された日本の科学研究は初めてだろう。

 一方、大阪大の審良静男教授による自然免疫の解明は、米国の情報企業トムソンサイエンティフィックによると、この三年間ずっと論文被引用数(他の研究者から注目される指標)世界一の座を保っている。ヒトが本来備える自然免疫の力のメカニズムに迫る研究とされ、がんなど種々の病気の治療薬としての応用研究も進み始めた。

 さらに、東大の河岡義裕教授が取り組む鳥インフルエンザにかかわる研究も大きな話題となっている。なぜなら、鳥インフルエンザが人から人へ感染するようにウイルスがいつ変性するかが、現在世界で最大の関心事のひとつとなっているからだ。変性ウイルスが出現したら、直ちにそれに効くワクチン開発を行い、感染が大規模に広がる前に私たちはそのワクチンを入手しないと生き残れない可能性が高いからだ。河岡教授の研究はそのワクチン開発をスピードアップさせるヒントを与える。

 この三人のライフサイエンス研究者はいずれも次々とドイツのコッホ賞を受賞し、ノーベル賞の可能性も非常に高いと考える。

 日本のライフ・サイエンスはこれまで国全体として弱い分野とされていた。しかしながら、これらの世界をフィーバーに陥れるような研究が三つも日本発で出てきていることは本当に誇らしく思う。

 冒頭に触れた高温超電導物質発見の競争も、いまだ続いている。ごく最近では、東工大の細野秀雄教授が鉄を主成分とする高温超電導物質を発見したと発表され、さらなる物質発見の国際的なレースを巻き起こし始めている。リニアモーターカーをはじめ、地球規模電力ケーブルへの応用など、これも地球の未来に明るい話題を投げかける研究だ。

 スポーツの世界同様、サイエンスの舞台でも、日本のプレーヤーの活躍が目立つようになってきた。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
科学技術振興機構(JST) 理事長。1943年、飯山市外様生まれ。長野高校、東大理学部卒、同大学院修士課程、米マサチューセッツ工科大博士課程修了。東大教授、JST理事を経て現職。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。

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