ハイライト

若者が夢を持てる社会に(科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏)

2007.10.04

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

理事長就任記者会見(2007年10月1日、文部科学省)から

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 「社会的に価値あることを経済的にも価値あることに変換」することが行政の大切な役割であり、その成果が上がったかどうかは、「より多くの若者が夢を持てる社会になったか」を指標として判定できる。「若者が夢を持てる社会」に向けて科学技術が全面的にバックアップする」ことを科学技術振興機構の目標に掲げたい。

 日本は現在250兆円もの世界で断然トップの海外純資産を抱える国になっていながら、若者がしらけている。ほかの先進国では65%以上の若者たちが「夢を持っている」と答えるのに対し、日本は35%でしかない。若者たちが夢を持てないような国ではモラルも低下する。科学技術と社会の関係を考えると、社会を変える要因の85%は、科学技術による革新に起因しているといわれている。若者が夢を持てる社会にするためには科学技術の役割は大きい。特に人類共通の課題の解決など挑戦的テーマの取り組み姿勢を若者たちに訴えていく必要がある。

 科学技術が自分たちとはあまり関係ないと、一般の人に思われていたのでは国の将来が危うい。サイエンスリテラシーの向上、理科教育は重要である。これまで科学技術振興機構は小・中・高校の課外活動にしかかかわっていなかったが、昨年から教室の中にも支援をはじめた。やってみると、規模も大きく大変なことだと気づいた。現場の先生と話し合いながら、文部科学省の協力も得て、どのように進めていくのがよいか、さらに良い方法を探っていきたい。とにかく子供たちに、本音で語りかけないといけない。

 科学技術の研究費に関して、日本は対GNP比(3.2%程度)でいえば諸外国と比べても決して悪くない。しかし、ここ15年、日本だけがGNPが伸びていない。米国はこの間GNPが倍になっている。研究のトータル・パワーは研究費の絶対額で決まる。競争的研究資金は絶対額が不足している。米国の実質4分の1程度でしかない。このため、日本には研究費がその年当たらない人が大勢でてしまう。

 情報環境整備についてみると、日本語のハンデがあることはあるが、日本は決して先進国ではない。自動翻訳の可能性も考えつつ、10年20年先の将来を見据えて、日本語情報をどうしていくべきなのか、関連機関がよく話し合って戦略を練る必要がある。究極的には、科学技術だけではなく、文化、文明に至るまで、例えば30年前の週刊誌に何が書かれていたかということまで分かるようなアーカイブを日本文明存在の証としてつくらないといけないのではないか。そのような広範な情報に向けた技術を準備していく必要があろう。

 日本には寄付の文化がまだ育っていない。米国にサイエンス・ティーチャーズ・アソシエーション(STA)という理科の先生の協会がNPOとしてある。100人もの常勤職員を雇っている。これがほとんど寄付で賄われている。日本では人が雇えない。また、米国などではサイエンス関係のNPOにも競争的資金が行く。

 日本学術会議は連携会員を含めると2200人の会員がいるが、国の機関として13億円の予算で動いている。会員1人に年一回の旅費を使ったらお終い。その程度の予算しかない。、効果的活動ができない。カウンターパートの、全米科学アカデミーはNPOであり、50億円の寄付があるために、非常に自由な活動ができる。さらにその上に全米科学財団(NSF)から190億円の委託金が来る。学術会議だけみても日米の差は大きい。

 日本に寄付の文化が根付くまで、科学技術振興機構など国の機関が、米国などでは寄付で活動するNPO組織を含めて、社会的に必要な組織に対しては支援の役割を果たすべきである。

 大学などへの研究費配分では不正を起こさせない工夫をしていくことは当然だ。不正には3つの要素がある。繰り越し、合算、流用である。例えば、今年の研究成果を、来年の会議で発表すると、異なる名目の予算を使うので「流用」になってしまう、といった問題が生じる。このため、大学はどうしても隠しがちになり、見つかると不正となってしまうことがあった。どうしようもない理由があれば、例外として合法的に認めるということを積極的に、そして容易に行えるようにする必要があると考えている。大学と予算を配分するサイドの協力と相互理解はとても大切である。

 目的基礎研究費である戦略的創造研究推進事業では、イノベーション、大型技術に結びつく可能性があるものが最近8件も出てきた。うち3件は、大型の企業コンソーシアム開発が必要と考えられるもので、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に引き継がれている。このような成果は現在の期待を集める大型技術シーズとしてかなり中心を形成するもので、社会に見える形でアッピールしていくのも大切な役割と考える。

 産学連携関連では、大学が年間に出す特許が7,000件を超えた。基礎研究で真にブレークスルーがあるならほとんどの分野で必ず基本特許が取れる。8万人の研究者が一つとれば8万件になるのだから、年間特許5万件を目指すべきであろう。私も多い年で年間10件の特許をだしたことがある。

 地域の大学は現在競争的研究費を取るのが難しくなってきている。JSTでは地域イノベーション創出総合支援事業において地域コーディネーターがアレンジする研究への支援を始めたが好評であり、5倍に増やした。競争率がまだ高すぎるのでさらに伸ばす必要があると見ている。プラザ・サテライトを含めて地域の大学支援はさらに工夫が必要だ。

 多くの行政的課題に対しては迷ってもすぐやってみる、そして、うまくいかなければやめるのもいさぎよく、という姿勢でやっていきたい。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
1943年生まれ、66年東京大学理学部化学科卒、68年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、72年米マサチューセッツ工科大学材料・冶金専攻博士課程終了、理工学博士、87年東京大学工学部教授、91年東京大学低温センター長併任、2002年科学技術振興事業団専務理事、03年同理事、2007年10月1日から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超伝導工学、特に高温超伝導セラミックスの研究で国際的に知られる。科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)の要請で、東京大学を定年前に退職、研究費を配分する側に。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」(アドスリー)など。

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