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異なる文化認めるところから新たな世界が(掘越弘毅 氏 / 海洋研究開発機構・極限環境生物圏研究センター長、東京工業大学 名誉教授)

2007.07.26

掘越弘毅 氏 / 海洋研究開発機構・極限環境生物圏研究センター長、東京工業大学 名誉教授

東京工業大学百年記念館特別展示・講演会(2007年7月25日、東京工業大学百年記念館 主催)講演から

海洋研究開発機構・極限環境生物圏研究センター長、東京工業大学 名誉教授 掘越弘毅 氏
掘越弘毅 氏

 2度目の留学から帰国した1967年ごろ、何をやっても外国のまねばかりではないかと、スランプに陥ったことがあった。当時はいい加減なところがありましたから(笑い)、勤務していた理化学研究所に「どこそこの研究所を訪問する」といった申請をして欧州に出かけた。実際はうつうつとした気分でただ歩き回っていただけで、ある時、イタリア・フィレンツェのピッティ宮殿の丘から街並みを見下ろして「一体、おれはこの先何をしたらよいのか」と考える羽目になった。ドーム型の屋根をもつ建築物を見ているうちに、金閣寺が思い浮かんだ。

 年代的には1400年代と同じ時期の建物だ。同じ時代にどうしてこうも違う建物ができたのかと考えるうちに、「違った世界の存在を知らなかったから文化の違いに気づかなかっただけ。(研究の世界でも)結果は同じだろうと、違った考えでやったら違った世界が見えてくるのではないか」と思い至った。

 当時、微生物の培養は弱酸性から中性、pH6〜7くらいでやれ、と言われていた。微生物学の祖であるパスツールがそう教えたからということで、以来ずっとそう思われていた。実際には、パスツールが微生物の培養を始めたころ、pHなんて考え方なかった。ワインと同じようなものを使ってやっていただけで。

 アルカリ性の培地で本当に微生物は培養できないのか、理研の庭の土壌を集めて、アルカリ性の培地とともに20本の試験菅に入れてみたら、なんと20本すべてに微生物が生えていた。

 パスツール自身の言葉を紹介したい。「障害を考える際の最大の障害は、そうあるはずだと思い込み、そう信じ込むことである」

海洋研究開発機構・極限環境生物圏研究センター長、東京工業大学 名誉教授 掘越弘毅 氏
掘越弘毅 氏
(ほりこし こうき)

掘越弘毅(ほりこし こうき)氏のプロフィール
1932年生まれ、56年東京大学農学部農芸化学科卒業、60年東京大学大学院博士課程修了、農学博士、66年米国カリフォルニア大学デービス校助教授、74年理化学研究所主任研究員、88年東京工業大学工学部教授、98年海洋科学技術センター深海微生物研究グループフロンティア長、2005年から海洋研究開発機構・極限環境生物圏研究センター長。06年日本学士院賞受賞。氏が切り開いた好アルカリ微生物の研究からの応用として有名なものに、好アルカリ微生物から取り出した酵素「アルカリセルラーゼ」を混入した洗剤がある。現在は、深海底に生きる微生物の研究に力を注ぐ。

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