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8億年前、地球に起きた天体衝突に迫る 手がかりは月のクレーター

掲載日:2020年9月30日

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で社会に閉塞感が漂う中、何ともスケールの大きなワクワクする話が飛び込んできた。月のクレーターを詳しく調べたら、8億年前の地球に隕石がシャワーのように大量に衝突したことが分かった。この隕石は小惑星が砕けてできたもので、生命にも大きな影響を与えた可能性が浮上した。しかも元の小惑星は、探査機「はやぶさ2」が訪れた「りゅうぐう」とルーツが同じかもしれないという。大阪大学などの研究グループがアイデアを生かし、予想外の展開からモノにした成果だ。

小惑星の破片がシャワーのように次々に月と地球を襲った様子の想像図(大阪大学提供)
小惑星の破片がシャワーのように次々に月と地球を襲った様子の想像図(大阪大学提供)

粉々の小惑星、シャワーのごとく月へ地球へ

6600万年前、中生代の終わりに巨大な隕石が落ちたことが大きな原因となり、恐竜が絶滅したと考えられている。このことはよく知られているが、ほかにも4億7000万年前に小惑星の破片が隕石となって地球に一時期にたくさん降る、いわば「小惑星シャワー」が起きたことも、地上のクレーターや隕石の調査から分かっている。

地球で過去に起きた巨大隕石の衝突について知りたいとなると、その痕跡であるクレーターを調べることを真っ先に思いつく。しかし地球のクレーターは大気や水の働きで風化したり、火山噴火や地震、津波などで侵食されて、時間とともに消えてしまうので調査に限界がある。地球には6億5000万年以上前のクレーターはほとんど残っていない。

地球のクレーターができた年代の分布。左ほど新しい。6億5000万年以前はごく少ない(大阪大学提供)
地球のクレーターができた年代の分布。左ほど新しい。6億5000万年以前はごく少ない(大阪大学提供)

そこで、大阪大学大学院理学研究科の寺田健太郎教授(宇宙地球化学)らのグループは、風化や侵食が起こらない月のクレーターを調べれば、すぐ近くの地球で起こった天体衝突を知るヒントが得られることに着目した。まず、地球に証拠が残っている4億7000万年前の小惑星シャワーについて、月にも痕跡があるのではないかと考え検証に取り掛かった。

大阪大学大学院理学研究科の寺田健太郎教授(本人提供)
大阪大学大学院理学研究科の寺田健太郎教授(本人提供)

直径20キロメートル以上のクレーター59個それぞれができた年代を、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の月周回衛星「かぐや」が撮影した写真とコンピューターシミュレーションを基に推定した。寺田さんたちのグループはこのとき、大きなクレーターができた年代を、その周りの小さなクレーターの数から推定する手法を採用した。クレーターの数は通常、星の表面の広範囲ができた年代を調べるのに使われるが、これを直径20キロメートル以上のクレーターの年代の推定に応用した。これはグループのアイデアの一つだという。

調べたクレーターの一つ「コペルニクスクレーター」。周囲の緑色の点が、年代を調べるために数えた小さなクレーター(大阪大学提供)
調べたクレーターの一つ「コペルニクスクレーター」。周囲の緑色の点が、年代を調べるために数えた小さなクレーター(大阪大学提供)
丸印が直径20キロメートル以上のクレーター。このうち赤丸の8個はコペルニクスクレーターと同時期にできたもの(大阪大学提供)
丸印が直径20キロメートル以上のクレーター。このうち赤丸の8個はコペルニクスクレーターと同時期にできたもの(大阪大学提供)

恐竜も真っ青? 8億年前に起こったこと

クレーターの年代を知るため、寺田さんたちは理論モデルを使った計算を行った。これまでは一般に、隕石は常に一定の頻度で月や地球に衝突すると考えられてきた。ところが、これに基づいて計算したところ頻度は一定ではなく、6億6000万年ほど前に高かったことを示す結果となった。このモデルでは8個のクレーターが同時期にできたことになる。

しかし、この結果は本当に正しいのだろうか? 「一定の頻度で隕石が衝突する」ことを前提にしたのに頻度にムラがある結果が出たということは、前提が間違っていたのではないか?

この疑問を解決するヒントは、米国のアポロ計画で持ち帰られた月の砂が握っていた。これまでに複数の場所の砂が調査され、その結果いくつかのクレーターは8億年ほど前にできたとみられている。このことを参考に別の理論モデルを立てて計算し直したところ、今度は衝突頻度が高いのは6億6000万年前ではなく8億年前で、17個のクレーターが同時期にできたことが示された。

互いに無関係の隕石が衝突して8~17個ものクレーターが同時にできる確率は、極めて低い。となると、1つの小惑星が砕けてできた隕石が小惑星シャワーとなって降ったと考えるのが自然だ。

隕石が8億年前に高頻度で衝突したとするモデルに基づき、クレーターができた年代分布を計算した(青、右目盛り)。ピークは8億年前となり、隕石の衝突頻度(赤、左目盛り)の傾向と一致した(大阪大学提供)
隕石が8億年前に高頻度で衝突したとするモデルに基づき、クレーターができた年代分布を計算した(青、右目盛り)。ピークは8億年前となり、隕石の衝突頻度(赤、左目盛り)の傾向と一致した(大阪大学提供)

地球は月よりサイズも引力も大きいため、より多くの隕石が衝突してきたと考えられる。衝突した隕石の数の比は、地球と月の軌道や半径、質量を考慮した計算結果により数多く報告されている。それらによると、地球には月の約20~25倍の量の隕石が降り注いできたとみられ、8億年前の小惑星シャワーの際も同様だったと考えられる。それを踏まえて月のクレーターの大きさなどから地球に降ってきた小惑星の破片の量を計算すると、なんと重さ計40兆~50兆トンにもなると見積もられた。1個の塊に換算すると直径30〜40キロメートル。これは6600万年前に恐竜絶滅のきっかけになった隕石の何と、30~60倍にあたるという。

6600万年前の地層には、地球の地表にはほとんどない金属「イリジウム」が多く含まれていることが複数の場所で確認されており、これが隕石衝突の証拠の一つとなっている。これに対し、8億年前に月で起きた小惑星シャワーが地球にも降ったという証拠は、まだ見つかっていない。ただ、このシャワーの後にあたる時期に、生命に不可欠なリンの濃度が海で急上昇し、生物の多様化を促した可能性が、別の研究で指摘されている。

小惑星シャワーと生物多様化の間に関係があったかどうかは、まだ分かっていない。ただ、シャワーにより現在の濃度のおよそ10倍ものリンが海洋にもたらされたと見積もられている。寺田さんは「リンが陸から海洋に供給されたというこれまでの地球科学のシナリオに、新しい可能性を書き加えられた」としている。

月や小惑星の理解に新展開も

地球の歴史だけでなく、月や小惑星についても新しいことがみえてきた。宇宙ではもともと水や炭素は揮発しやすく、またアポロ計画で持ち帰られた月のサンプルの分析結果からも、「月の表面に水や炭素は存在しない」とされた。しかし、最近になり一転、月の表面から水や炭素が出ていることが分かってきた。その源はまだ謎だが、今回の成果から、炭素や水を含む小惑星が砕けて月に降り注いだ可能性が出てきた。

今回調べたクレーターの中には、直径約93キロメートルと月最大の「コペルニクスクレーター」も含まれる。小惑星シャワーがこの大きさのクレーターを作ったと考えると、砕ける前の小惑星の直径は100キロメートル以上だったとみられる。グループはこの小惑星のルーツは、はやぶさ2がサンプルを採取した「りゅうぐう」のルーツと同じ小惑星であると考えている。「オイラリア族」と呼ばれる仲間だ。

はやぶさ2の探査結果から、りゅうぐうは太陽系初期にできた小惑星が衝突を繰り返した後、破片の一部が合体してできたことが分かっている。もしりゅうぐうが8億年前にできたのなら、その時、小惑星の破片が月にも衝突し、コペルニクスなどのクレーターができた可能性が高いという。寺田さんは「詳しく調べるには、はやぶさ2が12月に地球に持ち帰るりゅうぐうのサンプルを分析する必要がある。とても待ち遠しい」としている。

はやぶさ2が2019年3月に撮影した小惑星りゅうぐう(JAXA、東京大学など提供)
はやぶさ2が2019年3月に撮影した小惑星りゅうぐう(JAXA、東京大学など提供)

広がる研究のインパクト

グループは4億7000万年前の月の小惑星シャワーについて調べようとして、8億年前の多くの情報を得た。「予想外の展開となり、とても驚いた」と寺田さん。研究が思わぬ方向に進み、深まることがあるのが科学の面白いところだ。なお、狙っていた4億7000万年前の情報が得られなかったのは、調べるクレーターの大きさの問題かもしれないという。今回は直径20キロメートル以上のものを調べたが、4億7000万年前のものはもっと小さかった可能性がある。

この研究からは、当初の期待以上の驚くべき情報が得られており、過去の地球環境の変化について新しい見方が生まれている。寺田さんの専門以外の分野にも大きな影響を与えるであろう、インパクトの大きな成果となった。りゅうぐうのサンプルの分析をきっかけに、地球科学の新しい扉が開かれていくのが楽しみだ。

(サイエンスライター 大谷有史)

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