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玄関までつながる公共交通 ――サブスのとりくみ――

掲載日:2019年6月24日

いまある公共交通を高度にネットワーク化すれば、マイカーに頼る必要のない次世代の交通網をつくれるのではないか――。タクシーを使って安く便利に利用者を戸口から戸口まで運ぶ新しい公共交通をつくりだす取り組み「スマート・アクセス・ビークル・サービス(SAVS:サブス)」が、全国に広がりつつある。交通網からこぼれやすい「最寄り駅から自宅まで」のような最後の一息、すなわち「ラストマイル」を低速の自動運転車でサポートする試みについては、今年5月に「暮らしにフィットする新しい自動運転のかたち」で紹介した。こちらのサブスは、「乗り合いタクシー」の発想をもとに現在のタクシーを発展させた北海道・函館発祥の新システム。乗り合いタクシーの習慣がない日本では受け入れのハードルも高いが、高齢者が運転するマイカーによる交通事故の頻発で新しい移動手段へのニーズも高まるなかで注目を集めている。

バスより便利でタクシーより安い

「函館に来て20年になりますが、人口減少を背景に、路線バスの本数は減り続けています」。そう話すのは、公立はこだて未来大学教授で、同大学発のベンチャー「未来シェア」の代表取締役を務める松原仁さん。サブスプロジェクトのキーパーソンのひとりだ。

函館市の主な公共交通は市電と路線バスだ。松原さんは特にバスを心配している。「人が少ないから、バス会社はたくさんのバスを出したがらない。バスの本数をひかえると、不便なのでますます乗らない。負のスパイラルです」。この地でマイカーを持たず、公共交通一筋の松原さんが見る現状は深刻だ。もちろん函館にはタクシーもあるが、日常的に使うには費用がかさむ。

そこで松原さんは、新しい公共交通のかたちとしてサブスの構想を描いた。すでにあるタクシーを、「乗り合いタクシー」としてコンピューターで集中制御するのだ。その基本理念は「バスより便利でタクシーより安い」。ぜいたく感のあるタクシーを、ごくふつうの公共交通機関として利用する試みだ。

サブスは、こんなイメージだ。スマホから乗車リクエストを送ると、乗り合いタクシーが数分でやってきて、同じ方向に向かう乗客を拾いながら、最短ルートで全員を目的地まで届けてくれる――。バスより早いし、ひとりでタクシーを使うより安い。蛇口をひねれば水がでるように、スイッチひとつで電気がつくように、タクシーによる移動サービスもインフラ化し、本当に便利で安価な「公共交通」を目指す。

サブスは実現できる、シミュレーションが予測

きまったダイヤで運行される電車やバスなどの公共交通機関の時刻に自分の都合を合わせるのではなく、利用者が使いたいときに要求(デマンド)して使う交通機関。この「デマンド交通」が函館のような地方都市で実現可能であることを、プロジェクトチームは2000年代初頭に確信していた。世界でみてもかなり早い。確信の根拠は、まだ見ぬ未来の事象や現象を検証する「マルチエージェント社会シミュレーション(MASS)」だ。そもそもシミュレーションとは、実世界で実験ができないときにコンピューターなどで行う模擬実験をいう。そのうちでもMASSは、特に人や組織の動きの予測が得意なシミュレーション技術で、高速道路の渋滞予測や災害時の避難方法の検討など、社会課題の解決に広く活用されている。

MASSによると、函館市の中心部13キロメートル×10キロメートルのエリアでは、路線バスの10%を乗り合いタクシーに置き換えると人の移動時間が短縮され始め、その効果が最大になるのは、路線バスの60%を置き換えたとき。すべてを乗り合いタクシーにしてしまうのではなく、大勢が集中的に移動する幹線はバスで、少数がまばらに移動する住宅地を乗り合いタクシーで。まさにバスとタクシーのいいとこ取りだ。

社会実装のハードルは高かった

プロジェクトは、サブスを研究レベルから実用化の段階に移すため、ベンチャーの「未来シェア」を立ち上げた。乗り合いを希望する利用者の組み合わせや最適ルートの探索などの技術を確立し、何度も実証実験を行い準備してきた。技術的にはいつでもスタートできる状態だ。しかし、函館での実現は見えていない。「市の考え方ひとつで、今日にでも動けるのですが…」と松原さんはいう。

つまりこうだ。いま世界には、マイカーを持つ個人などをネットワークで結び、スマホから呼び出してタクシーとして使う「ウーバー」というしくみがある。日本のタクシー業界は、ウーバーのような新たなしくみが業界に与える影響、いわゆるウーバライゼーションに懸念を抱いている。素人のドライバーが参入してくることになるウーバーは、たしかに本国アメリカではタクシー業界に大きな衝撃を与えた。函館の一部のタクシー会社は、サブスがウーバーの仲間ではないかと警戒しているのだ。タクシー会社を守る立場でもある市は、サブスにゴーサインは出せない。

松原さんの主張はこうだ。「ウーバーは、基本的には個人事業主に働きかけています。我々のサブスは、すでにあるタクシー会社やバス会社に働きかけ、地域全体への利益を目指すもの。個々のドライバーがもうけるしくみではありません」。相互理解が最大の難所だ。

ニーズは少なくない

一方で、全国の自治体から「サブスを取り入れたい」とラブコールが絶えないのも事実だ。たとえば愛知県長久手市 。地元のタクシー会社の協力を得て、高齢者と障がい者を対象としたワンコインサブス(500円)の実証実験が好評で、今年中の営業開始を目指している。群馬県前橋市 も積極的な自治体のひとつ。高齢ドライバーによる交通死亡事故を受け、高齢者が運転しなくても生活できる地域社会の実現に向け、サブスを取り入れようとしている。

自治体ではないが、2017年にはサブスのシステムを導入した乗り合いタクシーが深夜や早朝の中部空港と名古屋市内を結んだ。地元のつばめタクシー(名古屋)が運営する。今年4月には九州大学で「AI運行バス」 が福岡市内にあるキャンパス内で始動し話題になった。これもサブスのシステムを利用している。運営するNTTドコモは、2020年までに全国100か所に展開するとしている。

現在、全国数十か所からサブスの導入を検討する話があるそうだ。日本では乗り合いタクシーは原則禁止だが、路線バスなどの利用が困難なケースでは、国土交通大臣の許可を得れば地域や期間を限定して認められる。実際に過疎地や高齢者を対象にした適用例がある。松原さんによれば、「地元の市長や交通協議会、つまりタクシー会社やバス会社がOKしてくれれば、合法的に実現できます」とのこと。政府は2019年度中にタクシーの乗り合いを認める方向でもある。

「ペイする」ことが大事

導入が簡単で安価というのも大きな注目点だろう。導入側がすることは、車両にドライバー用タブレット端末を1台ずつ置くだけだ。たとえば「病院でAさんを乗せ、スーパーでBさんを乗せ、2人を駅でおろす」のような指令が、「未来シェア」のコンピューターからタブレットに送られてくる。費用については、前述のNTTドコモのAI運行バスは初期導入費50万円、月額運営費18万円と公表しているが、松原さんも「その程度。安いと思ってもらえているから需要が伸びているのではないか」と話す。初期導入費はタブレット端末と地図のカスタマイズ費、月額運営費は無線やコンピューターの使用料を含んでいる。

写真 サブス車両の運転席。既存のタクシーに、タブレット端末を置くだけ。
写真 サブス車両の運転席。既存のタクシーに、タブレット端末を置くだけ。(未来シェアhttp://www.miraishare.co.jp/savs/より)

気になる乗車料金だが、残念ながらここでは明言できない。サブスの導入者が利用者のニーズや状況に応じて決めるからだ。「自治体の助成が得られればワンコインもあり得るが、助成なしでワンコインは難しい。ただし、公共交通だから助成金に頼ればよいというのではなく、ちゃんと使ってもらいビジネスを成立させることが大切」と松原さん。「タクシーより安い」を大前提に、バラエティーに富んだ乗車料金プランを用意し、利用者のニーズに寄り添う料金でサブスを導入してもらいたいとのこと。定期券のように定額制で乗り放題といった、いかにも公共交通らしいプランも考えられるとか。

まずは「弱いひと」からアプローチ

導入へ向けて意欲的なのは、やはり高齢者をターゲットにする自治体だという。高齢ドライバーの免許返還後の交通手段は、大きな社会問題にもなっている。

プロジェクトでは、さまざまな社会のニーズに接するなかで、意外な可能性にも気づいたという。「たとえば、週に数回、利用者に来てもらうデイケア施設。その送迎の人手と手間がばかにならない。職員の方が、介護の仕事と送迎の運転の両方をこなしているんです」。送迎は、車椅子用の特別車両を使ってサブスで行うと割り切れば、その分の労力を介護サービスに注げる。送迎に関連して、夜遅くなる子どもの塾のお迎えも視野にいれているそうだ。

図 サブスによる施設、自宅間の送迎のイメージ。事前に需要を把握し、最適な車両台数と走行ルートを計算する。
図 サブスによる施設、自宅間の送迎のイメージ。事前に需要を把握し、最適な車両台数と走行ルートを計算する。(未来シェアhttp://www.miraishare.co.jp/service/より)

本当に必要とされるところから利用者を増やし、「最終的には、運転したくないけれど必要に迫られて運転している人に、サブス利用者になってもらえれば………」と松原さん。ちなみにMASSは、サブス車両が3000台あれば、待ち時間3分で、函館市民を行きたいところに運べる交通環境を整えられると予測している。いま函館市内には13万台のマイカーがあるという。そのドライバーの一部だけでもサブスを利用するようになれば、渋滞や環境へのよい効果も期待できるのではないか。

公共交通をまるごとデマンド型にするという発想がユニークなサブス。革新的な交通システムは世界でも数多く開発されているが、松原さんもいうように、地域全体にとってよいしくみを目指し、持続可能な方法で本当の豊かさを築いてほしい。

(サイエンスライター 丸山恵)

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