サイエンスクリップ

睡眠に関係しそうな「短い周期の体内時計」の発振源がみつかった

掲載日:2018年10月17日

ある寝具メーカーが日本人1万人を対象に行った調査では、約7割の人が睡眠に満足していないという。四六時中いつでも明かりが手に入る現代では、不眠症には至らなくても、生活リズムが崩れやすくなるのは当然だろう。 生物の多くは本来、自然な明暗のリズム、つまり地球の自転周期に合わせたリズムで生活している。ただし、体が刻むリズムは正確に24時間周期というわけではなく、外部から隔離された時計なしの環境で観察すると、体温や血圧など多くの生理活動の周期は少しずれている。このリズムは生物種によって異なるものの24時間から大きくずれることはなく、「概ね(おおむね)1日」であることから「概日リズム(サーカディアンリズム)」と呼ばれる。サーカディアンリズムは太陽の光や温度などの外部環境に左右されない、生物本来がもつ「体内時計」のリズムなのだ。 そしていま、睡眠に深く関係しそうなもうひとつの体内時計のありかがみつかった 。

多くの細胞が奏でるハーモニーによって生み出される体のリズム

北海道大学の榎木亮介(えのき りょうすけ)准教授らのグループは、光イメージングの技術を利用して体内時計の解明に取り組んでいる。光イメージングとは、特定のタンパク質だけを光らせることなどで、生きたままの細胞や組織の中でそのタンパク質がどのようなふるまいをしているのかを観察する方法である。 体内時計といっても、大きな時計が一つあるわけではない。サーカディアンリズムの中心といわれるのが、脳の深部にある「視交叉上核(しこうさじょうかく)」だ。左右1対、大きさ1ミリにも満たないその領域には神経細胞が約2万個含まれている。それぞれの細胞はそれぞれのリズムで動いており、互いに複雑に相互作用しながらサーカディアンリズムを生み出している。

研究グループは、視交叉上核の細胞の活動を長期間 にわたって観察できる方法を開発した。榎木さんによれば、神経細胞内ではカルシウムが体内時計に関わる遺伝子や細胞の活動を調節しており、細胞のリズムはカルシウム濃度の変化として現れる。マウスの脳から取り出した視交叉上核に、カルシウムと結びつくと光る「蛍光カルシウムセンサー」という物質を取り込ませて観察したところ、カルシウム濃度は約24時間の周期で増減を繰り返した。

視交叉上核の細胞は、分泌するホルモンの違いから少なくともふたつの細胞集団に分けることができる。集団ごとに調べたところ、それぞれのカルシウム濃度は24時間周期で変化するものの、互いのリズムが描く波のピークは、ずれていることがわかった。しかし、視交叉上核全体から観察されるリズムはひとつのみであることから、異なるリズムをもつ細胞集団が情報をやりとりした結果として、サーカディアンリズムが生み出されることを突き止めた。

図1 概日リズムの視交叉上核

数時間単位の短い周期を示すウルトラディアンリズム

そして今回、榎木さんらが見つけたのが、「ウルトラディアンリズム」と呼ばれる短い周期を示す体内時計の発振源だ。私たちの体の中では、短いものから長いものまで、実に様々な周期で生理活動が起こっている。たとえば心臓の鼓動や呼吸は、とても短い周期で繰り返される生理活動だ。その他にも消化や排せつ、歩行も周期性を示す。自分で気づくことはないだろうが、 たとえ絶食していても、胃は80分から140分の周期で収縮活動をするそうだ。 サーカディアンリズムよりも短い周期をもつ体内リズムのことを総称してウルトラディアンリズムと呼ぶが、そのメカニズムや挙動には不明な点が多い。

榎木さんらは、蛍光カルシウムセンサーを使った実験で、視交叉上核の傍にある領域が光ることに着目した。「室傍核(しつぼうかく)および傍室傍核(ぼうしつぼうかく)領域」と呼ばれるこの領域のカルシウム濃度変化を調べたところ、30分から4時間まで幅はあるものの、周期的に濃度が変化していることが分かった。他の領域と分離してもリズムを刻み続けたことから、この領域はウルトラディアンリズムの発振源であると特定された。

室傍核-傍室傍核領域のウルトラディアンカルシウムリズム

ウルトラディアンリズムに影響を与える因子は?

人のサーカディアンリズムは24時間周期より少し長いので、体内時計だけに頼った生活をしていると、やがて日常の生活時間からずれてしまう。体内時計を24時間周期に合わせる役目をするのが「光」である。朝起きてカーテンを開けて日の光を浴びることで、体内時計はリセットされ新しい周期を刻み始める 。光がサーカディアンリズムをリセットする仕組みは他の生物種にもあ る。季節ごとの日長変化などに体内時計を合わせて最適な時間に生理活動を行うことで、体調を整えるなどのメリットがあるのだろう。

今のところ、ウルトラディアンリズムをリセットするような因子は明らかになっていない。心臓が昼も夜も規則正しく動くように、ウルトラディアンリズムは外からの影響を受けることなく動き続ける「強固な」時計なのかもしれない。ただし、榎木さんによれば、呼吸や心拍の中枢は、また別の場所にあると考えられるそうだ。 今回発見された「室傍核と傍室傍核領域」に関していえば、サーカディアンリズムを作る「視交叉上核」の動きと完全に独立ではないことから、「光が影響を与えている可能性はある」と榎木さんは言う。

ウルトラディアンリズムを示す代表的な生理活動のひとつが「睡眠サイクル」だ。睡眠中には「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」という異なる状態が繰り返される。ノンレム睡眠は体も脳も休んでいる深い眠りであるのに対して、レム睡眠では脳は活動しているといわれる。通常、ノンレム睡眠とレム睡眠からなる睡眠サイクルが、約90分の周期で一晩のうちに数回繰り返される。

睡眠は誰もが毎晩行う活動であるにもかかわらず、そのメカニズムや意義など、いまだに多くの謎が残されている。寝不足や睡眠負債は肥満や神経疾患などの健康被害をもたらすだけではなく、集中力の低下や居眠りによって交通事故や産業事故の原因にもなる。一説には睡眠不足が社会経済に与える損失は 10兆円を超えるともいわれるが、夜勤や残業を断るわけにもいかず、またテレビやインターネットなどの誘惑も多い「24時間社会」では、意識しなければ質の良い睡眠をとることは難しい。

榎木さんらは、マウスの脳に蛍光カルシウムセンサーを取り込ませ、生きたまま顕微鏡下で観察する方法によって、睡眠サイクルを作り出すウルトラディアンリズムの研究を始めている。今後、睡眠サイクルを生みだす仕組みや、ウルトラディアンリズムとサーカディアンリズムのつながりが明らかになれば、睡眠障害の治療や予防などに役立てることもできるだろう。24時間社会にも対応できるような効率の良い睡眠方法が見いだされ、睡眠で悩む人が減ることを期待したい。

※ 図はいずれも北海道大学のプレスリリースより。

(サイエンスライター 工樂真澄)

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