サイエンスクリップ

熱中症は暑さに慣れる前が特に危険!コンピューターモデルでリスク予測に成功

2018.07.05

丸山恵 / サイエンスライター

 連日ニュースで熱中症を耳にする季節になった。「暑さに慣れていないので注意しましょう」と報道されていたが、夏の盛りよりも、むしろ梅雨が明けて気温の高い日が続くようになったばかりの時期にこそ、自分の体が熱中症になりやすい状態になっていることにお気づきだろうか? 名古屋工業大学大学院の平田晃正(ひらた あきまさ)教授らが開発した人体のコンピューターモデルは、それをはっきり示してくれる。これまでに開発した熱中症のリスクを予測するコンピューターモデルに、「暑さに慣れているかどうか」という要素を加えたのだ。

熱が体から逃げていきにくくなる熱中症

 熱中症は、高温多湿の環境に身体が適応できなくなって起こる障害の総称だ。蒸し暑いなかで運動や作業をして体温が上がると、通常ならば汗をかいて熱を体の外へ逃し、体温を下げる。ところが、過度に汗をかいて体の水分や塩分が失われると、体と外界のあいだで熱の出入りのバランスがとれなくなり、体温が著しく上がる。これが熱中症だ。

 特に暑さに慣れる前は、あるていど体温が上がらないと汗による冷却が始まらない。そのため体温が下がりにくく、熱中症のリスクが高い。夏を迎える前の真夏日や梅雨明け直後は注意が必要だ。また、お盆休みにエアコンの効いた場所で過ごし続けた場合、体が暑さを忘れてしまい、休み明けに熱中症になりやすくなる。

体で起きる反応をコンピューターでシミュレーションする

 熱中症を起こしうる環境で体がどのように反応するかをシミュレーションできたら、熱中症のリスクを予測できるのではないか。そんな発想を実現したのが、平田さんらの人体コンピューターモデルだ。このモデルは、人体を約800万個のごく小さな立方体(1辺2ミリメートル)に分け、51の組織をそれぞれの特徴を考慮したうえで再現している。ある気温、湿度、日差しに対して体のどの部分がどのように反応し、体温がどう変化するのかを計算によって導き出す。個人の年齢や活動レベルに応じて計算する従来の技術に加え、新たに「暑さに慣れているかどうか」によるリスクの違いも、計算の条件に加えられるようにした。

 実際のシミュレーション結果を見てみよう。気温31℃、湿度61%の日に1時間安静にしている場合、暑さに慣れる前と慣れた後とで、体表面の温度や汗のかき方がどれくらい違うのかを比較した。

図1 気温31℃、湿度61%で1時間安静にしていたときの体温と汗の量(プレスリリースの図をもとに作成)
図1 気温31℃、湿度61%で1時間安静にしていたときの体温と汗の量
(プレスリリースの図をもとに作成)

 暑さに慣れる前は暑さに慣れた後に比べ、体温の上がり方が大きく、発汗量はかなり少ない。暑さに慣れる前は、汗をかきにくく、体温が下がりにくくなることが再現できている。暑さに慣れる前と後とでは、こんなに違う。このような違いを人体のシミュレーションで一目瞭然にできたのは、今回の研究が初めてだ。下はそのシミュレーションの流れだ。

図2 気温31℃、湿度61%で1時間安静にしていたときのシミュレーションの流れ(電気学会論文誌(A), vol.138, no.6, pp.288-294, 2018 をもとに作成)
図2 気温31℃、湿度61%で1時間安静にしていたときのシミュレーションの流れ
(電気学会論文誌(A), vol.138, no.6, pp.288-294, 2018 をもとに作成)

 シミュレーションは、気温28℃のときの体の各部の標準的な温度からスタートさせる。気温28℃は、薄手の服装だと汗をかかずにすむバランスの取れた状態だ。次に環境条件の入力だ。気温31℃、湿度61%、太陽光として与えられる熱が130Wのとき体温がどのくらい上がるかを、体内の熱の移動などを考慮に入れて計算する。さらに、その体温上昇に伴って汗をどれくらいかき、血流でどれくらいの熱を放出するかといった生体反応を考えたうえで、再び体温上昇を計算する。これを1秒ごとに、1時間経過するところまで繰り返すと、先ほどの結果が得られる。

 暑さに慣れているかどうかについては、汗のかき方を計算する際に、暑さに慣れる前と後で異なる計算式を使って計算できるようにした。たとえば、健康な成人で暑さに慣れている場合は37.0℃くらいから汗をかき始めるのに対し、暑さに慣れていない場合だと37.2℃くらいで初めて汗をかくという具合に計算が行われるイメージだ。

熱中症は人ごとではない

 暑さに慣れる前の熱中症リスクは、シミュレーションで予測できるようになった。では、体が暑さに慣れているかどうかを、どう見分けるか。実は、この点はこれまでにあまり研究されていない。暑い環境で1週間くらい過ごせば暑さに慣れることはわかっているが、個人が暑さに慣れているかどうかを見分ける決定的な指標は、まだ見つかっていない。このことが、「熱中症セルフチェック」※のような手軽なリスク評価ツールへの応用を難しくしている。

 平田さんは、「『暑さに慣れているかどうか』という条件を熱中症セルフチェックに加えるのは現時点では難しいが、暑さに慣れていない時期は、熱中症のリスクが高まることを知ってほしい」と訴える。熱中症にいたる仕組みの再現やそのリスクの予測を高精度で行えるようになった今、熱中症にかかるリスクが高まる時期が誰にでもあることを、私たちは繰り返し認識していく必要がある。

 今後、このシミュレーション技術は、実測されたビックデータとの連携で、熱中症の搬送者数(患者数)の予測を可能にしていくという。また、体にセンサーをつけてバイタルデータ(生体情報)をモニタリングし、リアルタイムで熱中症のリスク評価を行う取り組みにも応用されていくようだ。

※ 熱中症セルフチェック/2017年にリリースされたウェブ上の熱中症評価ツール。平田さんらのコンピューターモデルをもとに、個人の年齢や活動レベルに応じ、熱中症の危険度を推定する。

熱中症のリスクをいつも念頭に

 消防庁によれば、今年の熱中症救急搬送者は、6月末ですでに5000人を超えている。「暑くなり始めが危ない」というリスクに気づいていたら防げたケースは、このなかにどれくらいあるのだろう。熱中症は、立ちくらみや筋肉のこむら返りから始まるというから、日ごろからリスクを知っておかなければ気づきにくいのかもしれない。リスクの評価も精度が上がってきた今、ぜひ熱中症ゼロの実現を願いたい。

(サイエンスライター 丸山 恵)

関連記事

ページトップへ