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乳幼児に健やかな眠りを。保護者向けスマホアプリ「ねんねナビ」

掲載日:2017年12月25日

寝る子は育つ。日本にはそんなことわざが昔からあるにもかかわらず、日本の子どもの睡眠時間は世界に類を見ないほど短い。谷池 雅子(たにいけ まさこ)大阪大学教授らの研究グループは、特に脳の発達に重要とされる幼少期の眠りを向上させるために、幼児を持つ保護者に向けた睡眠教育のアプリケーション「ねんねナビ」を開発し、東大阪市の乳児健診に訪れた保護者への配布を試験的に開始した。アプリの詳細や開発の経緯、今後の展開を谷池先生にうかがった。

「ねんねナビ」はどんなアプリか?

ねんねナビは、乳児期から幼児期(就学前)の子どもを持つ親を対象に開発されたスマートフォン/タブレット端末アプリだ。アプリを通してスモールステップ(小さな目標達成のため)のアドバイスを繰り返し行うことで、子どもの睡眠習慣の改善を目指す。デジタル世代の現代の親にぴったりな設計だ。そのトップ画面を紹介しよう。

図1.ねんねナビのTOP画面 出典:ねんねナビ
図1.ねんねナビのTOP画面 出典:ねんねナビ

まず、“ゆめちゃんママ”に、“ゆめちゃん”が布団に入った時刻・朝起きた時刻などを、画面中央部の生活習慣の入力ボタンから入力してもらう。その情報をもとに、専門家が睡眠改善のためのアドバイスを複数送ると、その入力ボタンの下に表示される。そのうちの1つを「トライしてみる目標」に選んでもらい、試してみた後の生活の様子を入力してもらう。画面上部には、専門家からの応援メッセージが表示され、画面下部には、アプリの利用を続けると育っていく卵のアイコンがあるなど、母親がやる気を保って続けやすいように設計されている。

アプリの使用にあたり必要な情報は、子どもの月齢、生活リズムに関する情報(入園しているか、親に夜勤ありかなど)、就寝・起床時間、睡眠に関する生活習慣(寝る直前にしていること、昼寝の時刻・長さ、メディア使用時間など)で、住所等の個人情報は含まない。

保護者の視点で子どもの睡眠習慣を改善する工夫

ねんねナビの注目すべき特徴は、アドバイスの豊富さや専門家によるサポート体制だ。アドバイスの例を挙げると、「午前中早めの時間帯に外遊びしてみましょう」「午後の昼寝は、〇時までに切り上げてみましょう」「お風呂から上がる時刻を、〇時頃までにしてみましょう」などで、数十種類のパターンがある。「〇時まで」と数値が入るものは、個々の利用者の生活状況を考慮し、難しすぎず実践可能な助言をしてくれる。また、家庭で比較的簡単にできそうなものから、やや努力が必要そうなものまで、難易度や内容にバリエーションが出るように設定されている。

保護者の質問や疑問に専門家が個別に応えるしくみも整っている。保護者が、生活習慣の入力欄のフリーコメント欄やアプリ内のフリーメッセージ欄から質問や疑問を送信すると、専門家から個別のメッセージが届く。専門家は医師や心理士等で構成されたグループで、多くの職種の専門家の合議による信頼性の高い対応を目指したという。このような保護者の視点に立ったしくみが、共働き家庭や核家族など余裕の少ない現代の子育て世代に寄り添うと、研究グループは考えている。

機械学習を取り入れてアプリの普及を目指す

研究グループは、すでに幼児を持つ親にねんねナビの動作や使用感を確かめてもらうテストを経て、現在は東大阪市の1歳半乳児健診に訪れた保護者に、1年間使用してもらう社会実験を進行中だ。このアプリを通して、眠りに問題のある子どもの保護者への個別指導も行なっており、将来的には機械学習を採用し、多くの人に一斉指導することを目指している。現在は、機械学習化するためのデータを蓄積している段階だという。前段階として2年間でアルゴリズムを作成して指導項目を抽出するようなシステムを構築し、5年後のシステム導入を目指す。また、1年間のアプリ利用後、利用者に半年後の状態をたずね、フォローアップの必要性なども検討していくそうだ。

さらに、数年以内に同市内で規模を拡大した社会実験を行い、自治体での利用も目指すという。サーバーやアプリの維持、利用者のサポートのための費用は、NPO法人を立ち上げ、国の支援を得ることも視野に入れている。

研究の背景にある日本の乳幼児の睡眠不足

子どもの睡眠がそんなに大事なのか、と思うかもしれない。が、特に乳幼児期の睡眠の質、量、リズムは、脳の発育や発達に大変重要なことが分かってきた。谷池先生によれば、乳幼児期の睡眠不足は、注意欠如・多動症のリスクにつながる可能性があることが見えてきたという(Touchette et al.,Sleep 2008)。

では日本の子どもたちはどうなのかというと、冒頭でも紹介したようにその睡眠時間の短さは深刻だ。世界17カ国(うちアジア12カ国)で、0カ月から3歳0カ月の乳幼児の保護者約3万人に行なったアンケート調査では、乳幼児の1日の平均睡眠時間が、長い国(ニュージーランド、オーストラリア、イギリス)では13時間を超えるのに対し、日本、インド、韓国の3国は12時間を下回り、特に日本は11.6時間と調査国の中で一番少ないと報告されている(http://www.sleep-journal.com/article/S1389-9457(10)00037-7/abstract)。

上記の論文では、結果の背景に、アジアの国々では親子が同じ部屋で眠るのに対し、欧米諸国では幼い頃から自室で眠るという文化の違いにも言及しているが、やはり、幼い子どもに健全な睡眠習慣をつけるためには親の意識や行動が必要となる。しかし、現代社会で忙しい生活を強いられる親たちは、早い時間に寝かせる生活リズムをとりにくい。また、子どもによっては寝かしつけに長時間かかり、夜泣きで何度も起こされるなど、親のほうも子どもの睡眠に関してストレスを抱くケースが少なくない。

そのような状況にスモールステップでアドバイスしていこう、というのがねんねナビの狙いだ。谷池先生らの研究グループは、小児睡眠外来を開設し専門的な診断や治療を行うとともに、睡眠と発達の関係を調べる研究も行う。アプリには、そこで蓄積したノウハウが生かされている。

臨床研究からは、例えば、夜8時以降の外出や親の遅寝が子どもの睡眠に影響する、寝室でのメディア使用が入眠を困難にする、昼間の体動量が入眠のスムーズさに影響するなどの発見があり、アプリの調査項目や指導項目に取り入れられている。また、「8時に寝かせましょう」というアドバイスがいくら正しくても、保護者一人ひとりが「これならできそう」と思えなければ意味がないことも分かった。それゆえ夕食や入浴などの生活時間を細かく聞き、個人にベストなアドバイスを追求するのだという。

眠りにより身体の潜在能力を最大限発揮できる人に

ねんねナビは、よくある子育てアプリとは、開発体制や最終目標が異なる。このアプリの開発プロジェクトは、「人間力活性化によるスーパー日本人の育成」を目標に掲げる、大阪大学センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムが後押ししている。ここでいう“スーパー日本人”とは、常に潜在力(個人の持つ最大能力)を発揮できる人を指し、そのような人材の育成の一環として、子どもの睡眠が着目されているのだ。

研究グループは、子どもの睡眠を軽視してはならないと呼びかける。筆者も子を持つ親として身が引き締まる思いだ。ねんねナビの普及を期待する親も多いだろうが、この記事をきっかけに、日々の寝かしつけに際して、睡眠不足がもたらす子どもの将来への影響を意識してみるのも新鮮だろう。大阪大学COIでは、ねんねナビのプロジェクトの他にも、医学、脳科学、理学、工学が連携し、また、産学連携の環境を活かし、人びとが自ら生き生きとした生活を切り拓く社会に向けて、複数のプロジェクトを進行中だ。合わせて注目していきたい。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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