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宇宙到着直後、骨に劇的変化が始まる メダカの実験で明らかに

2017.03.21

 宇宙へ行くと、骨への重力の負荷がなくなり、骨がもろくなる。このメカニズムの解明に取り組む工藤 明(くどう あきら)東京工業大学生命理工学院教授らは、骨の細胞の働きを光で観察できる特殊なメダカを使い、これまでに2度の宇宙実験を行ってきた。無重力環境での細胞や遺伝子の変化から、その仕組みが少しずつ見えてきた。

1度目の宇宙実験

 私たちの骨は常に作り替えられている。古くなった骨組織が溶ける一方で新しい組織が作られ、一定の密度を保っている。ところが、 2012年10月に研究チームが行った宇宙でのメダカ実験で、宇宙の無重力状態ではそのウエイトは溶ける方に傾くことが明らかになった。

 このときの実験では、孵化後6週間のメダカを、地上400キロメートルの国際宇宙ステーション(ISS)で約2カ月間飼育した。地球に帰還後、喉の奥にある咽頭歯骨(いんとうしこつ)を調べると、地上にいたメダカに比べ、骨組織を溶かす破骨(はこつ)細胞が増え、骨の密度が減っていたことが分かった。

2度目の宇宙実験

 2014年2月には、孵化後9日の生まれたてのメダカ24匹をISSで8日間飼育し、地上から遠隔操作できる顕微鏡で、リアルタイムかつ連続的に骨の細胞の状態を観察した。破骨細胞が増加するのはなぜか、その仕組みの解明に迫るためだ。また、骨に関連するタンパク質の遺伝子発現の経時的変化が詳細に観察され、全身の遺伝子の働きの変化も観察された。その実験について詳しく紹介しよう。

図1.地上の研究者は、国際宇宙ステーションに設置された顕微鏡を遠隔操作し、宇宙にいるメダカの画像を解析した 出典:プレスリリース
図1.地上の研究者は、国際宇宙ステーションに設置された顕微鏡を遠隔操作し、宇宙にいるメダカの画像を解析した 出典:プレスリリース

 観察ターゲットは前回と同じく咽頭歯骨で、下の写真のように、メダカの喉を腹側から観察した。2枚の写真は同じ部位の画像だが、蛍光顕微鏡で観察すると、骨の細胞が光って見える。

明視野
明視野
蛍光顕微鏡
蛍光顕微鏡(写真はいずれも宇宙航空研究開発機構(JAXA)より)

 2度目の実験で生まれたばかりのメダカを使ったのには理由がある。顕微鏡下で、メダカの同じ部位を8日間、経過撮影するためには、メダカが動かないようにゲルに封じ込める必要があり、餌を与えることができなかった。その点、生まれたばかりのメダカは卵黄から栄養がとれるので、給餌の必要がなく、都合が良かったのだ。

宇宙到着後すぐに変化した骨に関するタンパク質の遺伝子発現

 下の図は、宇宙到着後4日目の蛍光顕微鏡画像だ。光っているのは、破骨細胞の目印となるTRAP(トラップ)という遺伝子が発現している箇所で、前回の結果を裏付けるかのように宇宙群の光り方のほうが強く、破骨細胞の働きが強まっていることが分かる。

図2.右2点は、メダカの喉を腹側からとらえ、咽頭歯骨(左図、赤)を撮影して得られた画像。破骨細胞の目印TRAP(トラップ) の発現部位が光っており、光が強いほど破骨細胞が活性化していることを意味する。本来は緑色に光るが、白で表すことで、光る部分(特に弱い光)を分かりやすくしている 出典:プレスリリース
図2.右2点は、メダカの喉を腹側からとらえ、咽頭歯骨(左図、赤)を撮影して得られた画像。破骨細胞の目印TRAP(トラップ) の発現部位が光っており、光が強いほど破骨細胞が活性化していることを意味する。本来は緑色に光るが、白で表すことで、光る部分(特に弱い光)を分かりやすくしている 出典:プレスリリース

 興味深いのが、宇宙到着後1日目に撮影された下の画像だ。光っているのは、Osterix(オステリックス)というタンパク質の遺伝子が発現する部位で、新しい骨組織を作る「骨芽(こつが)細胞」の働きが強まっていることを意味する。

図3.右2点は、図2と同様、メダカの喉を腹側からとらえ、咽頭歯骨(左図、赤)を撮影して得られた画像。骨芽細胞の目印Osterix(オステリックス)の発現部位を光らせている。 光が強いほど、骨芽細胞が活性化していることを意味する。本来は赤色に光るが、白で表すことで光る部分(特に弱い光)を分かりやすくしている 出典:プレスリリース
図3.右2点は、図2と同様、メダカの喉を腹側からとらえ、咽頭歯骨(左図、赤)を撮影して得られた画像。骨芽細胞の目印Osterix(オステリックス)の発現部位を光らせている。 光が強いほど、骨芽細胞が活性化していることを意味する。本来は赤色に光るが、白で表すことで光る部分(特に弱い光)を分かりやすくしている 出典:プレスリリース

 研究チームは、オステリックスと同じように骨芽細胞の活性化の目印になるOsteocalcin (オステオカルシン)というタンパク質の遺伝子発現も観察したが、これも1日目に発現量が増えていた。宇宙到着直後から連続的に観察したことで、骨芽細胞が無重力の影響をいち早く受けることが新たに確認された。

 ところで、オステリックスとオステオカルシンが同じタイミングで現れるのは、宇宙特有の現象だ。地球上では、骨芽細胞がまだ機能を持たない未熟な状態から成熟するに伴い、初期にオステリックス、後期にオステオカルシンが現れる。研究チームは、宇宙でのこの現象が破骨細胞を活性化させた可能性があるとみている。

RNAを採取し全身の遺伝子を網羅的に解析して見えたこと

 2度目の実験では、メダカの全身でどんな遺伝子が発現しているのかを調べるために、宇宙到着後2日目と6日目にRNAサンプルが採取された。研究チームが注目する骨関連遺伝子以外にも無重力環境に反応するものがあれば、骨をもろくする謎の解明への新たなヒントが得られるかもしれない。

 使われたのは、これまでに世界中で研究されてきた遺伝子情報のデータベースを駆使して調べる「遺伝子オントロジー解析」とよばれる方法だ。その結果、無重力で影響を受ける新たな遺伝子が5つ見つかった。研究チームは、これらの遺伝子と関わりのある「グルココルチコイド受容体」といわれるタンパク質からのシグナルが、無重力状態での骨の変化に関与しているのではないかとみている。

 グルココルチコイドはステロイドホルモンの一種で、体内でも生成され、抗炎症薬としてリウマチなどの患者に処方されている。副作用として、骨粗鬆症とそれに伴う骨折が知られており、グルココルチコイドと結合するグルココルチコイド受容体が多く現れることが原因ではないかと疑われている。

 骨関連遺伝子以外の5つの遺伝子については、分かり始めたばかりであり、研究チームは今後、グルココルチコイド受容体を遺伝的に持たないメダカまたはマウス(ノックアウトメダカ/マウス)を用いて、無重力環境で骨がどう変化するかを調べる宇宙実験を行い、さらに理解を深めていくという。

 研究チームを率いる工藤さんは、「グルココルチコイド受容体とその下流で制御される遺伝子が明らかになれば、無重力環境を分子レベルで解明できるようになるでしょう」と話す。骨は生体内で最も密度が高く、地上での重力影響を最も受ける組織だ。無重力での組織変形も最も大きいと考えられている。“その組織変形とは何か”が明らかになりそうだ。

成果から見えてくる、多岐にわたる可能性

 今回の実験結果から、「無重力下早期の生体変化にうまく対応できれば、宇宙で長期滞在できる」可能性が見えてきた。今ISSに長期滞在する宇宙飛行士は、骨や筋肉が衰えるのを防ぐために、毎日2時間も運動に費やしているが、それでも骨や筋肉の衰えを避けることはできない。運動の時間を減らし、より長く滞在できれば、遂行できるミッションの質や量が変わってくるかもしれない。

 成果は宇宙飛行士のためだけに役立つわけではない。地上で骨がもろくなる現象「骨粗鬆症(特に老人性骨粗鬆症)」の病態解明にも役立つと期待されている。この病気については“寝たきり”という条件を人以外の動物で実現できないことから、動物モデルがなく、その解明は遅れている。無重力環境は“寝たきり“の格好の実験条件だ。得られた結果は新たな治療に応用されていくだろう。

今後、火星への有人飛行や宇宙エレベータ構想などの宇宙開発が進み、無重力が身近になっていくであろう時代を支える研究としても注目される。 ISSにある日本の実験棟「きぼう」には、小型魚類の飼育装置が設備されている。工藤さんらの研究グループが開発したメダカの実験システムを使えば、全身への無重力の影響を地上の肉眼で観察できる。地上では不可能な無重力条件での実験設備は整い、生体に対する無重力の最大の問題である骨量減少のメカニズム解明が可能となったのだ。今後の研究成果が楽しみだ。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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