サイエンスクリップ

1歳半の赤ちゃんに、人を「気遣う」能力があると判明

2017.02.21

 赤ちゃんは、生まれてから、大人が教えることをどんどん吸収し、めまぐるしい速さでいろいろなことができるようになっていく。だが、ただ受身で教えられているだけの存在ではないようだ。 赤ちゃんは1歳半にもなると「他者への気遣い」の能力が芽生えることが、橋彌和秀(はしや かずひで)九州大学大学院人間環境学研究院准教授と博士課程の孟憲巍(もう けんい)さんらの研究チームの実験で分かった。子育てや教育の場に新たな視点を加える発見だ。

「視線」で赤ちゃんの潜在能力を測定

 実験では、生後9カ月、12カ月、18カ月の合計72名(各月齢24名ずつ)の赤ちゃんが、 「大人2人の意思疎通」をどのように捉えるかを調べた。赤ちゃんを保護者の膝にのせ、 2種類の動画を見せる。そして、赤ちゃんが、画面のどの部分をどんな順序で見たかの視線の軌跡を赤外線と画像解析技術で捉え、測定した。その視線から何が分かったのだろうか。

 まず、一つ目の動画で実験のポイントとなる3場面を、スナップショットで見てみよう。

図1

 次に、二つ目の動画で同じくポイントとなる3場面を見てみよう。

図2

 一つ目との違いは、②で二人が顔を「合わせる」のではなく「背ける」ところだ。研究グループは、双方の動画の③の場面で、赤ちゃんの注意がどこに向けられるかに着目した。みなさんはどうだっただろうか?

 一つ目の動画では、実験に参加した赤ちゃんは、月齢にかかわらず、右の人が見ているおもちゃに視線を向けた。ところが、二つ目の動画では、月齢によって視線の先が異なった。9カ月と12カ月の赤ちゃんは、最後の場面で一つ目の動画と同じようにおもちゃを見たが、18カ月の赤ちゃんは、おもちゃを見ていない左の人を見たのだ。研究グループによれば、18カ月の赤ちゃんが、左の大人がおもちゃの存在に気づいていないことを「気遣っている」と解釈できるという。

教えられるのではなかった「気遣い力」

 こんなシンプルな実験で、人を気遣う能力が分かるのか疑問に思うかもしれない。実験のポイントは、二人が「顔を合わせる」「顔を背ける」場面にある。お互いを見つめ合う行為は「共同注意」と呼ばれ、第三者がその二人の気持ちを察するヒントになる。

 人間社会で生きていく上で、自分とどんな関係にいる人が、何を知っていて、何を感じているのかを察する力は、自分のためにも、円滑な社会を保つためにも欠かせない。赤ちゃんは、それを“教えられる”のではなく、成長の過程で“獲得していく”可能性を、この実験結果は示した。さらに、この獲得の基盤となる社会的環境との相互作用が、私たちヒトをヒトたらしめている可能性もある。今回の結果は、その重要な能力の発達起源に迫る発見であり、この能力の発達要因もこれからのテーマとなりそうだ。

データの「裏切り」から見えてきた、今後の研究の行方

 実は研究グループは、18カ月の赤ちゃんの「顔そむけ条件」での結果を最初から予測していたわけではなかった。「顔合わせ条件」でのモデルの視線の共有にむしろ重点をおいて研究を始めたが、「顔そむけ条件」における18カ月児の思わぬデータを検証するうちに、赤ちゃんが「三人称的な立場からの」気遣いを見せているとの結論に至ったそうだ。

 橋彌さんらは、2014年には、18カ月の赤ちゃんが一人称的な視点に立ったとき、相手の知識や注意の状態を踏まえた上で「知らない(であろう)ことを教えたがる」傾向があることも見出している(九州大学プレスリリース2014年9月2日)。研究室では、今回の結果と併せ、一人称的なコミュニケーションと三人称的なコミュニケーションとを包括的に理解するための、「共感」の成立に直結する「こころのメカニズム」の存在を探り始めている。

 橋彌さんは、「赤ちゃんや子どもの研究を通して、大人が当たり前だと思っているコミュニケーションや、その上に成り立っている社会や文化を見据えていきたい」と話し、それを十分可能にする研究のための協力体制も築いているという。すでに福岡周辺で、研究への協力を承諾した900組もの親子(生後4カ月?5歳)が常時登録するボランティアパネル「赤ちゃん研究員」を設立し、運営しているのだ。海外との共同研究も行い、研究結果が福岡(日本)の文化にどの程度依存しているのか、それとも文化普遍的なものなのかについても検討している。

赤ちゃんや子どもとの、良質なコミュニケーションをサポート

 最後に、研究成果が子育てや教育の現場にどのように生かされていくのか、橋彌さんの考えを伺った。

 「子育てや教育には、発達の途上にある子どもを“一人前の”社会的なパートナーと見なしてつき合うことで成り立つ側面と、子どものできること・できないことを見極めた上で臨まなくてはならない側面があると思います。今回の研究では、1歳半の赤ちゃんには『こんなことが分かってるんだ!』という前者の側面と共に、それが生まれてすぐにできる訳ではない、ということも明らかにしました。○○カ月児はできる、××カ月児はできない、ということではなく、できるようになるまでの周囲とのコミュニケーションが、このような発達の変化を支えていることも十分に考慮しながら、こういった成果を解釈し、発信していく必要があります。私たちの研究が、保護者や保育者の方が、赤ちゃんとの日常のコミュニケーションを取る上で 、“知識としてのサポート” になればと考えています」

 赤ちゃんは大人からたくさんのことを学んで成長するが、私たちが赤ちゃんから学ぶことはもっと多く、意義深いのかもしれない。進化の視点も含めた、ヒトのコミュニケーションやこころのメカニズムを紐解く今回のような研究成果は、今後、生きた形で、それを必要とする社会に発信されていくだろう。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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