サイエンスクリップ

生態系の中心(ハブ)を探る新たな手法を開発

2017.02.16

 地球上には、数百万〜数千万種の生物がいると推定される。生態系では、これらの生き物が相互作用を及ぼし合いながら生きているが、従来、研究者は、各々特定の生物群のみを対象として研究を進める傾向にあったため、多様な種を含む生態系全体の研究やそこから得られる知見はごく限られていた。そんな中、京都大学大学院人間・環境学研究科の東樹宏和(とうじゅ ひろかず)助教、同大学白眉センターの山道真人(やまみち まさと)特定助教らの研究グループが、無数の生物種が存在する生態系の中で、生物種間の関係性の「ハブ」として機能する生物種を特定する新手法を発表した。この手法を用いれば、対象となる生態系の全体構造を初期段階で解明し、その生態系に大きな影響を及ぼし得る「優先的に研究すべき種」を効率的に選定することができるようになると期待されている。

「ハブ」とは何か

 飛行機によく乗る人なら「ハブ空港」という言葉を耳にしたことがあるだろう。A、B、C、Dの4つの空港があった場合、全て直行便で結ぶと、計6路線が必要になる。しかし、仮にA空港を中心として、「直行便も含めA空港を必ず経由する」というルールを設けると、必要な路線数は計3路線で済む。このように路線網の中心となって機能し、より多くの他空港と関わる空港のことを「ハブ空港」と呼ぶ。「ハブ」の語源は車輪中心部の「ハブ(hub)」だ。東樹助教らの研究グループは、生態系においても中心となる振る舞いをする「ハブ生物種」が存在すると考えた。

 通常、多数の生物種で構成される生態系では気候変動や強力な外来種が来ない限り大きな変動は起こらない。ある生物種の個体数が急に増加しても、多種多様な生態系の中には、その増え始めた種を食べたり寄生したりする種が存在するためだ。ただし、中には、その種を取り除いてしまうと他の種に大きな影響を及ぼし、生態系の景観さえも変えてしまう「キーストーン種」という生物種も存在すると考えられている。

 「これまで、大型の動物や植物を対象とした研究でしかキーストーン種の定義はされてきませんでした。しかし、肉眼では観察しにくい細菌や真菌・原生生物がキーストーン種である可能性もあります。そこで、生物なら全てが持っているDNAをターゲットにした研究の枠組みを作ればよいと考えたのがきっかけです」と東樹助教。

 生態系の中では、個々の生物種たちがその「数」も「質」も変化させながら関わり合っている。しかし、従来の研究では、数の変化(生態)と質の変化(進化)の片方しか研究していなかったり、ごく少数の種しか対象としていなかったりしていた。また、空間的にも狭い範囲で研究がなされることが多かった。一方、実際の生態系は無数の生物種が数も質も変化させながら複雑に関係し合い、また、各地域の生態系どうしが生物の移動分散によってつながっている。このため現実の生態系についての知見が乏しいことが大きな課題の一つだった。しかし、より多くの種と関わるハブ機能を有する生物が特定できれば、その生物種を起点として、属する生態系を包括的に理解することができるかもしれない。

鍵はメタ群集レベルのネットワーク構造の推定

 研究グループは、まず、生物種間の関係における食物連鎖・共生関係・寄生関係等の「物理的接触」に注目した。近年、ゲノム科学が急速に進歩し、高性能配列解読装置により、生物のDNAを簡便かつ大量に解読することができるようになった。これらの情報は既にデータベース化されており、糞や胃の内容物等の解析試料に含まれていた生物すら照合可能な状態にある。つまり、ある肉食動物の糞や胃内容物の解析試料を調べれば、その肉食動物自身のDNAはもちろん、餌種のDNAも特定できる。同様に、寄生/相利共生部位のサンプルや共存環境サンプルなど、解析試料の採り方を工夫することで、共生・寄生等の関係性についても情報を得られる。こうしたDNA情報に基づく相互作用の情報から、対象とした生態系に生息する生物種の包括的な関係性を推定することで、その生態系の中でどの種がより多くの種と関係を持つハブ生物種なのかを把握することができるようになった。

 例えば、図1上段では、この手法に基づいて3箇所の生態系について解析を行っている。一つ一つの円は各生態系(局所群集)に生息する生物種を表している。こうした種の中で、多くの種と線で結ばれているものが、ハブ機能が大きい生物種であると考えられる。

図1.三つの局所群集におけるネットワーク構造(上段)とメタ群集レベルの構造(下段)。プレスリリースより引用
図1.三つの局所群集におけるネットワーク構造(上段)とメタ群集レベルの構造(下段)。プレスリリースより引用
図2.分布域の広い主の選別(左)とハブ種の絞り込み(右)。プレスリリースより引用
図2.分布域の広い主の選別(左)とハブ種の絞り込み(右)。プレスリリースより引用

 しかし、ある集団の中心人物が必ずしも別の集団でも中心人物であるとは限らないのと同様、とある生態系の中でハブ機能を持つ生物種が、別の地域の生態系においてもハブ機能を有するとは限らない。環境が変われば、中心どころか生態系の末端に位置し、別の生物種がハブ生物種となっていることも十分にあり得る。

 そこで、次に研究グループは、「幅広い地域の生態系において共通してハブとして出現する種」の選別を行った。まず図1上段を元に、複数の局所群集をつないだメタ群集レベルのネットワーク構造を推定(図1下段)した上で、複数の群集にまたがって分布する種を特定(図2左)。さらに、局所群集とメタ群集の双方においてネットワークの中心に位置する種を、ネットワーク科学でよく使われる指標である「媒介中心性」を用いて絞り込んだという(図2右)。

図3.「媒介中心性」とは、あるネットワークにおいて各要素が他の全ての要素に最短経路でアクセスするフローが存在すると仮定した場合、各要素がそれらの経路上にいる割合を標準化した指標。そのネットワークの中でハブとして機能している度合いを定量的に評価する指標と言える。例えば、この図のような単純なネットワークで考えた場合、C及びDがハブとして機能しているが、これを計算によって導く。
図3.「媒介中心性」とは、あるネットワークにおいて各要素が他の全ての要素に最短経路でアクセスするフローが存在すると仮定した場合、各要素がそれらの経路上にいる割合を標準化した指標。そのネットワークの中でハブとして機能している度合いを定量的に評価する指標と言える。例えば、この図のような単純なネットワークで考えた場合、C及びDがハブとして機能しているが、これを計算によって導く。

生態と進化の関係性の統合的な理解に向けて

 このような手法で導き出したハブ生物種は、幅広い地域に渡って多数の生物種と関わりを持っていることから、生態系を動かす「中心」となっている可能性がある。研究グループは、今回確立した新手法を用いて、任意の生態系の動態を理解していく研究戦略を提案している。

 以前より、食物連鎖や共生・寄生等の生態学的な相互作用と外的環境によって働く自然選択が、各生物種の進化に大きな影響を与えることは広く知られてきた。一方で、その進化は生態学的な時間スケールよりもずっと長い時間かけて起こるものであるため、進化(生物の「質」の変化)が生態学的相互作用(個体数の変化)へ影響を及ぼすことはほとんどないと考えられてきた。

 近年になって、両者は同じ時間スケールで起こり得ることが明らかになると共に、進化が生態へ影響を及ぼすことも知られるようになったが、前述のように現実の生態系に即した知見に乏しいため、多様な種を擁する複雑な生物群集の中で生態と進化の関係性を解明することは非常に困難であると考えられている。

 例えば、自然界の植物には「内生菌」と呼ばれる無数の真菌(かび・きのこ・酵母 類)が共生していることや、真菌の中には、植物の生育を助けたり、病害生物から植物を護ったりするものがいることが分かってきたが、その大半の機能は未知であり、また、多様性に富んでいるため、どの内生菌から研究すればよいのかも分からない状況だという。しかし、今回、確立された新手法を用いれば、「ハブ生物種=生態系を動かしている可能性のある種」として、優先的あるいは重点的に研究すべき種に目星をつけることができ、生物種の「質」(進化)と「数」(生態)の動態をより統合的に理解できるようになるかもしれない。

 今後は、この新手法により特定されたハブ生物種が現実の生態系で本当に重要な働きをしているのか、研究グループはさらなる検証を重ねる計画だ。「ハブ生物種特定の技術を活かし、重要な働きをすると予想される内生菌を自然生態系から見つけ出して、農作物の生育を助けるかどうか、接種実験を行ってみたい」と東樹助教は語る。

 現実の生態系は多様な種が複雑に関係し合うため、一つの考え方や視点、特定の種を基に一方的に理解や対策を進めようとすると、生態系そのものを乱してしまいかねない。今回の成果を糸口の一つとして、生態系に関する包括的な知見を得られる研究が今後さらに進んでいくことに期待したい。

(サイエンスライター 橋本 裕美子)

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