サイエンスクリップ

世界初、体内時計が乱れる過程を生きたマウスで観察

掲載日:2016年11月25日

夜中にパソコンやスマートフォンを使いすぎて、次の日だるい、起きられないといった経験はないだろうか。これは、私たちの体に備わる「体内時計」が、強い光によって一時的に乱されるためだ。このとき、体内時計が1日を刻むのに重要な役割を持つ「時計遺伝子」に興味深い変化が現れる。今年7月、北海道大学の研究チームが、 生きたマウスでその様子を観察することに世界で初めて成功したと発表した。

体内時計とは?時計遺伝子とは?

私たちは体内時計のおかげで、時計がなく真っ暗な部屋でもだいたい24時間のリズムで生活できる。体内時計は、生物が地球の24時間サイクルに適応できるよう進化の過程でつくられた機能だ。これを支えるのが時計遺伝子である。

時計遺伝子は、ヒトではほぼ全ての細胞内で、24時間周期で働いている(例えば、活動の程度が、朝最も高く夜最も低くなるというように)。全身の時計遺伝子がバラバラに時を刻まないよう、普段は脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)※1が指揮をとっている。時計遺伝子と視交叉上核はよく電波時計と送電局に例えられる。日本中の電波時計が送電局から電波を受け取り、全く同じ正確な時間を刻む、そんな関係だ。

※1 視交叉上核/視床下部にある体内時計の中枢。両耳を結んだ中点にある1ミリ程の部位。

しかし、夜間に強い光を浴びるとこの関係は崩れてしまう。体内時計が止まり、互いに同じ時を刻んでいた時計遺伝子が、一時的に合わなくなるのだ。脱同調と呼ばれるこの現象は、これまで実験室で培養された細胞で観察されてきたが、生きた動物での観察例はなかった。そこで北海道大学のチームは生きたマウスでの観察に挑んだ。

体内時計を乱して、時計遺伝子のリズムを観る

観察対象は、夜間強い光を8時間浴び、一時的に体内時計が止まったマウスだ。このマウスは翌日5時間遅れて行動し始めたので、見かけの体内時計は5時間遅れたことになる。細胞を使った実験で確認された脱同調が生体でも起こるなら、この時全身の時計遺伝子がリズムを崩しているはずだ。

時計遺伝子は20種類ほどあるが、ここでは研究グループが着目した時計遺伝子のうち 特に重要な一つである「ピリオド1」のリズムがどうなったかを紹介しよう。結論から言うと、ピリオド1のリズムは、体内時計の乱れにより崩れていた。通常この遺伝子は、夕方に最も活発で朝方に最低の活動パターンをとるが、5時間遅れのマウス体内では、身体のどの部位のピリオド1なのかによって特徴的なパターンを見せた。

ピリオド1を観察した6部位(筆者作成)
図1. ピリオド1を観察した6部位(筆者作成)

観察した6部位のピリオド1のうち、体内時計の乱れにすぐに反応したのは嗅球のピリオド1だった。マウスの行動に合わせるかのように、5時間遅れのリズムを刻み、次の日には元通りになった。その他の部位のピリオド1は、体内時計の乱れにすぐには反応せず、1日経ってからリズムを崩し始め、元のリズムに戻るまでに2日かかった。

「見かけ上、体のリズムが元に戻ったように見えても遺伝子レベルではそうではないということだと思います」。結果について、研究チームを率いる浜田俊幸(はまだ としゆき)北海道大学医学部特任准教授はこう話す。「体の調子が悪い、あるいは体調が悪いということを遺伝子レベルで説明すれば、各組織の遺伝子のリズムが同調していない状態を言うのだと思います」

また、結果の意外性について、「今回のように体内時計の時間を遅らせる方向だと、行動リズムはすぐにリセットされます。ただ、体の各組織の遺伝子のリズムが、嗅球のように行動リズムと同じ速度でリセットされるものと、大脳皮質や皮膚のように完全に1日遅れるものに分かれるのは予想もできなかったことです」と話している。このような現象が同じ一つの生体で起こっているとは、何とも不思議で驚きだ。

生物発光イメージング×動体追跡

世界初となる、生体での時計遺伝子の脱同調の観察を可能にしたのは、研究グループが開発した観察装置システム「マウストラッカー」だ。生きているマウスの細胞を光らせる生物発光イメージングと、自由に動きまわるマウスの動きを3次元空間で時間を追って捉える動体追跡技術を融合している。

生物発光イメージングは、生体内で起こる現象を光らせ、可視化することができる。今回の場合、蛍が光るしくみの「ルシフェラーゼ」という酵素の遺伝子をマウスの観察したい部位に導入して、時計遺伝子のスイッチが入ったらその部位が光るようにした。またルシフェラーゼが光るために必要な「ルシフェリン」は、マイクロポンプで連続的にマウスの腹腔内へ注入した。

ただし、放たれる光は蛍の光のようにとても弱い。「どこでどれくらい発光しているか」という情報は、感度の高い検出カメラを使って暗闇で撮影し、各組織から発する光(脳組織は頭蓋骨から透過した光)を発光シグナルとして測定する。

ルシフェラーゼを導入したマウスを、明るい所(左)と暗い所で撮影(右)。嗅球、耳、尾で、スイッチがオンの状態のピリオド1が光っている。(プレスリリースより引用)
図2・3. ルシフェラーゼを導入したマウスを、明るい所(左)と暗い所で撮影(右)。嗅球、耳、尾で、スイッチがオンの状態のピリオド1が光っている。提供:北海道大学(プレスリリースより引用)

動体追跡技術では、マウスの頭と背中にシンチレーターとよばれる位置マーカーをつけ、LED光を当てて光らせ、その光を追うことでマウスの位置情報を継続的に得る。

頭と背中のシンチレーター(緑)がLED光で光る。LEDの光は生物発光の光よりも弱く、ピリオド1の観察の邪魔になることはない 提供:北海道大学(プレスリリースより引用)
図4. 頭と背中のシンチレーター(緑)がLED光で光る。LEDの光は生物発光の光よりも弱く、ピリオド1の観察の邪魔になることはない 提供:北海道大学(プレスリリースより引用)

マウストラッカーは、動体追跡技術を導入することで、時計遺伝子の活動を表す光を複数の部位で同時に観察できるのが強みだ。頭と背中に3つずつつけたシンチレーターが、マウスの位置や向きを正確に捉え、発光している遺伝子の場所を誤差0.6ミリメートルという高精度で割り出せる。また、見かけの発光量はカメラから遠くなるほど小さくなるので、発光する遺伝子の3次元空間での座標(X,Y,Z)を0.5 秒毎に計算し、その場に応じた発光量の補正も行う。

実は、この動体追跡技術は、もともとはがんの放射線治療のために北海道大学で独自に開発されたものだった。肺や肝臓などの臓器の腫瘍は呼吸で位置が変わってしまうが、その動きに応じてピンポイントで放射線を照射し、照射体積を2分の1~4分の1に減らす画期的な技術である。動く腫瘍を動くマウスに置き換え、生体リズムの研究に応用するとは意外な発想の転換だ。これまでの技術では、動き回るマウスの光る遺伝子を追いかけながら、その発光量を測るのは至難の技だった。マウスが動く度にカメラからの距離や角度が変わり正確に測れないのだ。この問題を解決すべく、マウストラッカーでは、動きのある発光体を長期間、自動認識、自動追跡、自動発光量補正できる。さらに、実験環境でマウスが受けるストレスや測定者の負担も大幅に減らし、より自然な状態の遺伝子リズムの計測を可能にした。

生体リズムの乱れから病気を予測するシステム構築に向けて

研究は今後どのような道のりを歩んでいくのだろう。浜田さんに伺った。

Q. 成果の発表から数ヵ月が経った現在、マウストラッカーを使ってどのような研究を行い、今後どのようなステップを踏んでいくのでしょうか?

A. 動体追跡技術は体の各部位の動きを、測定ケージの3次元空間内で ミリメートル の精度で解析できます。そのため、睡眠覚醒、摂食行動、マウス間のソーシャルインタラクション行動などと同時に、各組織の遺伝子発現リズムを計測し、種々の行動と遺伝子発現をリアルタイムで結ぶシステムを構築しています。さまざまな疾患に関連する行動と体の各組織(脳組織および末梢組織)の遺伝子発現リズムとの関係を明らかにすることで、疾患の発症機構の解明や治療薬の開発に貢献できるでしょう。動体追跡技術は複数のマウスを識別できるので、複数のマウスを用いる研究にも応用していく予定です。

Q. 最終的にどのようなところを目指しているのでしょうか。

A. 疾患の発症と体の各組織の時計遺伝子発現リズムの乱れの関係を明らかにし、疾患発症の予測や予防するシステムを構築したいと思っています。乳がんなどは交替勤務による睡眠覚醒リズムの乱れなどが原因の一つとされています。体のどの組織のリズムが、乳がん発症とどう関係するのかが分かれば、予防や治療法の開発につながるでしょう。現在、内臓など生体深部の時計遺伝子の発現リズムを計測するシステム(移植型小型センサー)を、マウストラッカーのシステムに組み込むことを行っています。これにより生体の体表と深部の時計遺伝子の発現リズムを測れるようになり、さまざまな疾患機構を解明するための研究への応用が考えられます。

近年では、体内時計の乱れは睡眠障害だけではなく、がん、生活習慣病、精神疾患などへの影響を懸念する研究報告が出されている。規則正しい生活を送るのに越したことはないが、現代社会を生きる私たちは、電気の力を借りて徹夜したり早起きしたりと、生物本来の時間通りに生活できないことも多くある。今、体内時計の研究は世界中で進められ、「生命にとって時間とは何か?」という大きなテーマの鍵となる生命体の一生の制御機構が急速に解明されてきている。将来は、個々のライフスタイルと体内時計を調和させた社会が実現するかもしれない……本研究チームの成果を受け、そんな期待が頭をよぎった。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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