サイエンスクリップ

航空機を使った台風直接観測への挑戦

掲載日:2016年11月7日

台風シーズンの台風予報では、「最大風速」や「中心気圧」といったキーワードをよく耳にしたことだろう。実はほとんどの場合、これらの数値が推定値であることをご存知だろうか。推定値の誤差は、その後の台風の進路や強度予測を狂わせる。大きな災害をもたらす台風の正確な予測を誰もが望んでいるだろう。そんな中、航空機を使った台風の直接観測プロジェクトが動き始めた。名古屋大学宇宙地球環境研究所附属飛翔体観測推進センターを中心に、今年(2016年)から5年に渡り行われるという。今後強大化が懸念される台風の解明と予測に、科学技術はどう貢献できるのか。

台風の上から機器を落として直接観測

観測方法は非常に大胆だ。発生後、発達している台風に向けて航空機を飛ばし、上空から「ドロップゾンデ」と呼ばれる観測機器を落とす。ドロップゾンデは、直径7センチメートル、長さ30センチメートル、重さ100グラム程の円柱型の機器で、高度約13キロメートルから投下し、海面に着水するまでの間に気圧、気温、湿度、風向風速を測定する。測定したデータは、航空機内に設置された受信機に電波で送信される。

観測でターゲットにするのは、沖縄の南の海域で発達し、日本に向かって進路を転向する台風だ。計画では、台風の周りを取り巻くように複数地点にドロップゾンデを落とす(下図参照)。その際、ドロップゾンデが台風に飛ばされ、観測地点を外れる心配はない。投下高度から海面までの約30分間に、ドロップゾンデが水平に移動する距離は大きくても30~40キロメートル程度と見込まれている。台風の大きさからすれば無視できる距離である上に、観測データは投下点周辺の代表値と考えるので、多少流されても大きな問題にはならないという。

図1. 空機による台風観測の模式図。図中、台風周辺の実線は那覇からの飛行経路。丸印は航空機からのドロップゾンデ投下地点を示す。名古屋大学提供(プレスリリースより引用)
図1. 空機による台風観測の模式図。図中、台風周辺の実線は那覇からの飛行経路。丸印は航空機からのドロップゾンデ投下地点を示す。名古屋大学提供(プレスリリースより引用)

航空機の操縦は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や海洋研究開発機構(JAMSTEC)などのプロジェクトで数々の観測飛行実績のある航空会社(ダイヤモンドエアサービス社/愛知県)が担う。

復活した直接観測、その背景には…

日本での台風の直接観測は、実は今回が初めてではなく、1945年から87年までの42年間、米軍の航空機を使って行われていた。しかしそれ以降は、静止気象衛星「ひまわり」(1977年運用開始)の衛星画像に基づく台風の強度推定に切り替わった。

だが、衛星観測による強度推定値には不確実性が拭えない。その結果、台風予報では、強度予報に過去20年間、ほとんど改善がみられない。さらに地図上に予報円を描いて進路予測を示すが、台風の中心が予報円に入る確率は70%にとどまる。進路予測の精度は上がってきてはいるが、平均すると24時間後の誤差が100キロメートル程度、72時間後では200キロメートル程度生じる。

台風の強度の指標となる風速も、真の値をとらえることができていない。日本付近の台風を監視する機関には日本の気象庁とアメリカの合同台風警報センターがあるが、両者の風速推定値は平均値の取り方の違いなどさまざまな理由もあり、毎秒20メートルも違うことがある。大規模な被害をもたらす台風を過小予測してもいけないし、実際は大したことのない台風なのに大規模な避難を警告してもいけない。推定誤差をなくし、より精度の高い予報を実現するためには、航空機を使った直接観測で実際のデータを取る方法が最も好ましい。

観測データは独自開発のシミュレーションモデルへ

ドロップゾンデが取得した貴重な直接観測データを最大限に生かすのは、台風を予測するコンピュータプログラム(シミュレーションモデル)だ 。台風に限らず、気象予測は、シミュレーションモデルに実際の大気の状態(気圧、気温、湿度、風向風速等)を気象変数として組み込み、気象の変化予測を計算で導き出す。具体的には、下図のように大気を格子状に区切り、ひとつひとつの格子に気象変数を当てはめ、スーパーコンピュータで莫大な量の計算を繰り返す。

図2. 気象予測シミュレーションで、大気を格子状に区切るイメージ。気象庁は天気予報の種類により、2〜40kmの格子間隔のモデルを使用している。画像:気象庁HPより(http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/whitep/1-3-1.html)
図2. 気象予測シミュレーションで、大気を格子状に区切るイメージ。 気象庁は天気予報の種類により、2〜40kmの格子間隔のモデルを使用している。 画像:気象庁HPより

格子間隔が狭い(つまり解像度が高い)ほど、予測精度は高まるが計算量は増えていく。格子の一辺を半分(解像度を2倍)にすると8倍の計算量になる。つまり、解像度の設定はスーパーコンピュータの性能に依ることになる。

現在、研究チームは、航空機による直接観測データの取得と並行して高解像度の台風シミュレーションモデルも開発中だ。研究チームを率いる坪木和久(つぼき かずひさ)名古屋大学宇宙地球環境研究所教授によると、ここで用いるシミュレーションモデルは、東アジアから西太平洋領域をカバーし、しかも雲一つひとつを計算するほど高解像度で、雲の中の複雑な物理プロセスを詳細に計算できるという。台風のエンジンは眼の壁雲(かべぐも)なので、その中の水と熱エネルギーの循環を精度よく計算すれば、台風の強度をより正確に予測できる。

今回の研究では、航空機で直接観測したデータをこのシミュレーションモデルに取り入れた場合と、取り入れなかった場合とを比較し、データを取り入れた場合に台風の進路や強度、日本付近の降水量および降水分布のシミュレーションの精度が、どれくらい改善するかを検討するという。

台風研究が支える台風予測の未来

今、研究は始まったばかりだ。今年度末に、航空機ガルフストリームII (全長25メートル程度の小型航空機)にドロップゾンデの受信機を積み、テストフライトを行う(実際の観測は航空局による検査飛行をパスしてからの実施となる)。その上で、来年の8~9月には、沖縄付近で発達しつつある台風で実際に観測飛行する。5年後のプロジェクト終了までに、4~5回程度の観測飛行を行い、そのデータをシミュレーションモデルに取り入れて、航空機による直接観測の効果を示す予定だ。

「将来的には国や大学、研究機関、あるいは民間企業による台風の直接観測が常時行えるようにしたい。この研究はその第一歩です」と坪木さんは話す。背景には、地球温暖化が台風に与えるインパクトを明らかにするという課題がある。そのために、より高性能な航空機でより多くの観測を実施し、台風を監視する体制が必要だ。台風の航空機観測は国際的にも関心が高いので、国際共同研究も視野に入れているという。

「私が生きている間に台風についてどこまで分かるのか、その予測の精度はどれくらい上がるのか。それらに少しでも貢献するのは、研究者としての大きな責務だと思います」

最後に、台風研究の魅力について坪木さんに伺うと、「台風は、すでによく分かっているように思われているかもしれませんが、“未解明の宝庫”です。多様で複雑で、しかも非常にデリケートなものです。ちょっとした環境の違いで強度や進路が大きく変わります。その台風に、誰よりも近づいて観測し、未解明なメカニズムをひとつひとつ解明していくことは、台風研究の大きな魅力です」との答えが返ってきた。また、ご苦労は何かと伺うと次のように語った。

「台風の研究で最も苦労するのは、観測データが少ないことです。シミュレーションにおいても、入力するための真値がない。結果を検証するについても同じです。だからこそ航空機観測を行わなければなりません。しかしながら、それにはお金がかかります。航空機観測のための研究費をいかに稼ぐかが大きな課題です。また、その意義を一般の方に分かっていただくことも重要と考えています」

研究は、琉球大学、気象庁気象研究所、国立台湾大学、台湾中央気象局と協力して行っていく。5年後、そして10年後、台風予測は確実に精度を上げるだろう。その恩恵を受けることになる私たちは、研究を知り、支えていくことで、研究の後押しができる。そのことに、坪木さんのお話を伺い、改めて気付かされた。この記事がそれに少しでも貢献することを願う。

(サイエンスライター 丸山恵)

ページトップへ