サイエンスクリップ

深海科学掘削の技術と科学の最先端

掲載日:2016年2月29日

地球深部探査船「ちきゅう」の掘削パイプが、静岡県御前崎沖での動作試験中に落下したとの報道があった。平成28年1月16日土曜日2時9分頃、就航十年目を迎えて老朽化した掘削制御システム(DCIS:Drilling Control Instrumentation System)を新しい装置に換装し、その動作試験最中の出来事であった。通常の掘削作業とは異なり、船上からドリルパイプを1,420メートルまで海中につり下げた状態で回転させていたところ、ドリルフロア付近でドリルパイプが破断し、ドリルパイプ1,400メートル分が水深約3,600メートルの海底に脱落したのだ。けが人や船体への被害はなかった。

海洋研究開発機構(以下JAMSTEC)の調査によると、原因は、ドリルパイプを海中に吊り下げた状態で回転させる特殊な条件下で性能データを得るための試験だったため、海流などの力でパイプに曲がりが生じたまま回転が続けられた結果、ドリルパイプと船体との接触部分で疲労破壊が生じた、という推定をしている。初めて実施する試験に対する計画段階でのリスクの見積りが不十分だったとして、今後、総合的な解析による原因の特定と監視体制の見直しなど再発防止策を講じるという。

「ちきゅう」は2005年の初就航以来、国際深海科学掘削計画(IODP)の主力船として、深海科学掘削を行ってきた。IODPは、26カ国が参加する国際研究計画で、地球の内部構造、巨大地震のメカニズムや海底下生命圏の解明などの前人未到のビッグサイエンスに挑んでいる。今回のトラブルは、深海を掘削して地球深部を研究しようとしている「ちきゅう」の過酷なフィールド活動を垣間見せる。「ちきゅう」とはどんな船なのだろうか。深海掘削はどれほど大変なのだろうか。今回のニュースをきっかけに、振り返ってみたい。

写真1.脱落したものと同型のドリルパイプ。1本の全長は約9.5メートル、直径約13センチメートル(JAMSTECプレスリリースより)
写真1.脱落したものと同型のドリルパイプ。1本の全長は約9.5メートル、直径約13センチメートル(JAMSTECプレスリリースより)
図1.ドリルパイプの破損の状況(JAMSTECプレスリリースより)
図1.ドリルパイプの破損の状況(JAMSTECプレスリリースより)

深海底を掘削する科学掘削船「ちきゅう」

海底下7,000メートルを掘削する能力を持つ「ちきゅう」は、科学掘削船である。海底下深くまで掘削して得られるコア試料(海底下を掘って円筒状のパイプに抜き取った地質試料)を調査することによって、海底下に生息する微生物の研究、過去の地球環境の研究、巨大地震・津波の発生メカニズムを探る研究などが進められている。もう1つの大きな目的として、世界初のマントル掘削がある。地球は太陽系の中でも火山噴火やプレートの運動が起こる活発な惑星で、この原動力はマントルの対流によると考えられている。しかし我々人類はいまだマントルを見て触れたことがない。「ちきゅう」は、そうした世界トップレベルの科学調査能力をもって、地球という星の解明に挑戦している世界最先端の調査船なのだ。

写真2.地球深部探査艇「ちきゅう」(写真:JAMSTEC)
写真2.地球深部探査艇「ちきゅう」(写真:JAMSTEC)
図2.「ちきゅう」は海底下掘削のためのさまざまな設備を備えている(「ちきゅう」パンフレットより抜粋) 参考:JAMSTECホームページ 「ちきゅう」のシステム(「ちきゅう」ツアー)http://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/tour/
図2.「ちきゅう」は海底下掘削のためのさまざまな設備を備えている(「ちきゅう」パンフレットより抜粋) 参考:JAMSTECホームページ 「ちきゅう」のシステム(「ちきゅう」ツアー)

「ちきゅう」のすごい掘削技術

この船は、海底を深く掘るための特別な技術を持つ。通常、掘っていくと地層圧が高くなるため、穴が崩れてしまい、それ以上掘り進めなくなる。しかし、二重のパイプを通し、密度などを調整した流体(泥水)を循環させることで地層圧を制御し、より深く掘り進むことが可能になる。この技術をライザー掘削といい、石油や天然ガスの開発などでも使われている。

掘削する速度は、地層の状態によるが、おおよそ海底下1,000メートルまでの浅部では1日当たり300メートル、海底下2,000〜3,000メートルの深部では1日当たり70メートルほどだ。何千メートルも掘り進めるためには、船は数週間から数カ月間、定位置に留まらなければならない。海流や風で船が移動してしまうと、数千メートルも下ろしたドリルパイプが曲がったり折れたりしてしまい、掘削そのものができなくなる。そこで活躍するのがダイナミックポジショニングシステム(DPS)だ。海底面に複数個設置した音波を出すトランスポンダーと衛星からの位置情報に基づいて、アジマススラスタが、流れ・波・風などの船を動かす外力に対抗して、現在位置に船を留める動きをする。このアジマススラスタは船底に備え付けられている6つの大きなプロペラで、船の推進力を生み出す。アジマススラスタは360°回転できるため、船を全方位へ移動させることが可能であるが、特に掘削中は船の位置を自動で定点に保持するために使用する。

読者の中には、地上の方がずっと掘削が簡単なのに、なぜわざわざ海上から掘削を行なうのか、という疑問を感じる人もいるかもしれない。前述の通り、「ちきゅう」のミッションの1つはマントル掘削である。このためには、海上からの方がずっと有利なのだ。マントルに到達するためには、上層の「地殻」も掘削しなければいけないが、「大陸地殻」の厚さは30〜50キロメートルあるのに対して、「海洋地殻」は5〜10キロメートルしかない。

過酷な地層に挑むドリル

掘削は、ドリルパイプの先端に堆積物や岩盤を砕くドリルビットを取り付けて行なわれる。海底下に掘り下げるほど、一般的に岩盤は硬くなる。また長時間の稼働による摩擦でドリルビットが摩耗するため、掘削はビットを交換しながら進められる。交換の際には、ドリルパイプを全て引き上げる必要があるが、例えば4,000メートル引き上げるのに6時間を要するという。

超硬合金の「タングステンカーバイド」や世界一固い物質「人工ダイヤモンド」を使ったドリルビットも存在する。マントルを掘削する場合には、摩擦熱だけでなくマントル自体も250℃以上の高温が予想されるため、それ以上の熱に耐えうる材質のドリルビットの開発が今後求められる。

ドリルパイプは、1本の全長が約9.5メートル、直径約13センチメートルの金属製の筒で、繰り返し使用される。使用後には非破壊検査が行われ、パイプの健全性がチェックされ、経済的に再利用されている。

掘削機器の健全性を維持するための配慮

今年で就航11年目を迎える「ちきゅう」は、30回の研究航海を経験し、採取されたコアの長さをつなげると7,500メートルに及ぶ。深海底を掘削して未踏領域を研究するという過酷な環境で、掘削機器類の健全さと安全を守るため、日々の船上メンテナンスから定期的な大規模メンテナンスまで実施している※1。特に、今回の定期検査では船体・掘削システムの心臓部にあたるコンピューター関係のバージョンアップを行った。

※1 船自体は5年ごとの定期検査(車の車検のようなもの)に加えて、中間検査や年次検査など、常に第三者のチェックを受けながら健全性と安全性を確保している。掘削機器類も、重量物の吊り下げなどハードな掘削作業を行うため、それぞれメーカー指定の検査や承認を受けながら保守管理、運用されている。「ちきゅう」は通常の認証に加えて、商業的な掘削でも対応可能な認証を得ているが、このことは、世界中で発生している石油・天然ガス掘削事故の事例から年々厳しくなる安全性を「ちきゅう」が達成してきていることを示している。

「ちきゅう」のこれまでの科学成果とこれから

「ちきゅう」はこれまで、さまざまな生命地球科学の研究に貢献してきた。 例えば、2012年7月から9月にかけて青森県八戸市沖海底下2,466mで採取されたコア試料から発見された微生物は、海底下深部で生命が存在できる限界域のものではないかと考えられている。2千万年以上前の地層であり、その微生物は、森林の土壌に生息する微生物のグループに似ていることが分かった。世界で初めて海底下の生物の限界域に達した、大きな成果となった。

巨大地震の研究に関しては、東北地方太平洋沖地震の発生を受けて、2012年4月から7月にかけて行なわれた宮城県牡鹿半島沖での掘削の結果、「これまで地震は起きない」と考えられてきたプレート沈み込み帯の先端部(プレート境界断層の浅い部分)でも高速滑りが起き、その結果が巨大津波につながったことを世界で初めて明らかにした。巨大地震や巨大津波が起きるメカニズムの解明に大きく近づく発見であり、世界的な科学誌の「サイエンス」にすでに4編が発表された。

これまでに「ちきゅう」が達成した海底下の掘削深度は約3,000メートルである。いまだマントルには到達できていない。だが、掘削の度に新しい発見をもたらしているのは事実だ。過酷な条件下で、新たな科学の地平を開く挑戦が、日本のリーダーシップで行われているのは、なんとも頼もしいことである。今後の活動を楽しみにしたい。

写真2.海底下約2キロメートルの石炭層のコア試料から培養された世界最深部の海底下微生物群集の走査型電子顕微鏡写真。膨大な数の微生物が付着し増殖している様子が分かる。右下のスケールは1マイクロメートル(1ミリの1/1,000)を示す。(写真:JAMSTEC)
写真2.海底下約2キロメートルの石炭層のコア試料から培養された世界最深部の海底下微生物群集の走査型電子顕微鏡写真。膨大な数の微生物が付着し増殖している様子が分かる。右下のスケールは1マイクロメートル(1ミリの1/1,000)を示す。(写真:JAMSTEC)

サイエンスライター 田端萌子

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