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「地震防災」第2回「“西日本”大震災に備えて」

立命館大学教授 歴史都市防災研究センター長 土岐憲三 氏

掲載日:2012年5月21日

土岐憲三 氏 命館大学教授 歴史都市防災研究センター長

土岐憲三 氏(立命館大学教授 歴史都市防災研究センター長)

 

南海トラフの“3連動地震”

南海トラフでの地震を考えた場合に、東海地震と東南海地震、南海地震の「3連動」という言葉が使われるようになってきました。この3つの地震が連動した場合には、断層の延長距離は600㎞に達しています。東日本大震災の地震では震源域の長さが150㎞程度の地震しか考えていなかったのが、長さ4~500㎞にわたる大地震が起きて驚いたわけです。南海トラフでは最初から3連動の地震による、震源域の長さが600㎞におよぶ地震を考えているのです。

だから東日本大震災では想定よりも大きな地震が起こったからといって、形式的に「南海トラフでも想定を大きくするべし」というのは、私に言わせれば全くのナンセンスです。初めから長さ600㎞の震源域を考え、10mを超える津波も想定しているのです。ちゃんと中央防災会議のホームページにも、これらの予測図は出ています。

しかしそれでも「見直すべし」となったら、瀬戸内海での現在の津波の予想は高さ1mですので、せいぜい倍の2mまででしょうか。では高さ2mの津波で大阪湾は絶対大丈夫かというと、そうはいかないですね。あの辺は高さ2mでも防波堤が地震によって壊れます。しかも地震が先に来るから水門が閉まらないことなどが起こり、付近は浸水被害に見舞われてしまいます。ですから予想値をちょっと変えるだけで、新たな対策が必要になってくるということなのです。

さらに地震の規模を示すマグニチュードについても、想定値を9にしないと皆さん気がおさまらないらしい。私は、M8.7でもM9でもたいして変わらんと思っているのですが、では形式的にM9にするには「3連動地震」に同じ南海トラフの「日向灘の地震」=宮崎県沖の日向灘の断層(震源域)=を加えた「4連動地震」を考えればM9になるでしょう。しかし「4連動地震」はだれも言ってこなかったし、西暦800年ごろからの日本の地震来歴を調べてみても起こっていません。それ以前にもなかったのかどうかは私には分かりません。あったかもしれないのなら今後に起きる可能性もあるわけですから、「4連動地震」による被害を想定することに私は反対する気はありません。でも、M9にするために「日向灘の地震」を加えることは非常に形式的な話であり、「3連動地震」の想定でも言ったように、平均値プラス1シグマを「1.5シグマ」にすることで楽にそんなものは超えてしまいます。

しかしそうした判断の基準をだれも議論し直そうとしていません。表面的に数字だけで合わせるやり方で、本当に世の中はそれでいいのでしょうか。「科学に基づいて判断する人間は、表面的な事だけにとらわれていてはいけない」と申し上げているのですが、なかなか理解してもらえないのです。

 

厄介な地震の“一休み”

今日ここで皆さんに、ぜひ一緒にお考えいただきたい問題があります。「3連動地震」が連動しなかった場合の“一休み”の問題です。

私たちが「災害予測」のターゲットにした「宝永の地震」(1707年)は、東海地震と東南海地震、南海地震の3つが連動した地震でした。「3連動」というのは、3つの震源域の断層が同時に動くわけではなく、どこからか破壊が始まってそれが毎秒3㎞ほどの速さで断層の割れが伝わり、結果的に3つの地震が動いたということです。実はそれが一番ありがたい。一番困るのは「安政の地震」(1854年)のように、東海・東南海地震が起きてから32時間ほど休んで南海地震が起こったようなケースです。「昭和の地震」(1944年、1946年)は東南海地震の後、2年と14日ほど休んでから南海地震が起こりましたが、これも連動しなかった地震です。こうした“一休み”が今度起こったら、どうしたらいいでしょうか。

3連動にならない場合の問題
図1. 3連動にならない場合の問題

安政年間のころは32時間休んでも何ということはなかったでしょう。だけど、今ひょっとして安政の地震と同じように東海・東南海が起こり、そこで止まってしまったら、いつ南海地震が起こるのか分かりません。その間、東名高速もJR東海も止まっている、トヨタ自動車も操業をやめている。そういうときに「さあ、業務を再開しよう」「東海道新幹線の復旧作業を始めよう」などと誰が言えるのですか。いつ次の地震が起こるか分からないのですよ。この地震の“一休み”が32時間程度であることが前もって分かっていればいいのですが、それが2日間、2週間、2カ月間などの可能性もあります。

とにかく、連動地震にならないで、いったん休まれると一番困るわけです。日本中の社会・経済界、すべての人々が一緒になって考えないといけない。地震学の人や政治家だけに責任を負わせてはいけません。「では皆さん、どう考えますか」と私が問いかけてもだれも答えません。「答えがないのは逃げているからだ」と私はあえて喧嘩をするつもりで言うのですが、間違いなくそうした事態は起こり得るわけです。「30年、40年後は現役でないから考えなくてもいい」というのは無責任であって、とくに防災にかかわる現職の人たちはそんなことを言ってはいけない。

ですから私は一般の人々に言うのです。「宝永の地震のように3連発が起こることを、神や仏に祈りましょう」と。私自身は全くそういうことをしない、神頼みを信じない人間ですが、今度の地震だけは一緒に起きてほしいのです。南海トラフの地震は逃れられないのですから、国全体のことを考えれば3連動が最も有り難いことなのです。

 

東南海地震域の観測システム

こうしたことを何度言ってもだれも相手にしませんでしたが、さすがわが国です。動き始めています。東南海・南海地震の想定震源域にある紀伊半島・熊野灘・土佐湾の沖の海底に、地震計を何百台も並べて観測を始めています(*)。もちろんこれには津波の観測も含まれています。そうした地震計による記録を見れば、地震の連動が止まったときに「次なるものがいつ動くか」が分かるかもしれない。こういう仕事を始めるのは、やはり国以外にはないし、大変いいことです。

* 海底ケーブルネットワーク型観測システム:地震・津波観測監視システム(DONET)。約100㎞四方の海域に20カ所の観測所(地震計や水圧計)を設け、観測データをリアルタイムで収集・配信する。海洋研究開発機構(JAMSTEC)が2006年から整備し、2011年8月26日から防災科学技術研究所、気象庁にデータ提供を始めた。

この地震の“一休み”が、私の何よりも気がかりなことです。答えは出ないにしても起こる可能性があるわけですから、早くから備えておかないとなりません。地震が起きて“一休み”したら、企業の社長さんにしろ、現場の工場長さんにしろ、大変です。あるいはJR東海の責任者にしても「復旧工事へ行ってこい」と言えますか。言えませんよね。

1986年11月の伊豆大島(三原山)の噴火で1万人ほどの島民が本土に避難しましたが、約1カ月後に帰島するときに問題となりましたね。火山学者は「島にお帰りください、安全ですよ」とは言えません。かといって都知事に火山学の知見があるわけではないので、なかなか安全宣言も出せない。住民1万人の火山島ですらそうしたことが起こったのです。ましてや東海道沿線の何千万人がいる地域、日本の経済・流通の動脈となるような地域となれば大混乱が起ります。唯一助かるのは地震の3連動のときだけです。3連動で起れば、その後の100年ほどは安んじておれるのです。

 

内陸地震の確率表示は安心情報になる

ここからは内陸の活断層の話です。活断層は日本の内陸部では中部の山岳地帯や近畿地方に集まっています。関東平野にもありますが堆積層が厚いから見えていないだけであって、油断することはできません。

内陸の地震のことになると発生確率の話が出てきますが、これは間違っていると思います。例えば「全体確率」は海溝地震と内陸地震の確率を足し算していますが、内陸地震の確率は海溝地震確率よりは遥かに小さいので、分けて考えるべきです。そうでないと、内陸地震の影響がかすんでしまうのです。

確率の議論をしてよいのは、南海トラフでの巨大地震の発生確率です。なぜなら1000年前のことなら記録的に怪しげでも、500年前からのことならば、信頼して良いでしょうし、歴史書を見ると南海トラフでは5回の巨大地震が起こっています。ざっと見て100年に1回の割合です。確率論には「経験的確率と理論的確率が一致する」という「大数(たいすう;ラージナンバー)の法則」があって、本当は、たくさんの事象をトライアル・アンド・エラーでやり、確率のモデルをはっきりさせた上で議論をしなければならないのですが、そこまで言わなくても、地震が5回起こって、それが100年に1回ぐらいなら、大ざっぱな確率の議論はしてもよいと思うのです。

ところが内陸の活断層による地震は、海溝地震とは発生の年単位が1けた違って1000年単位です。過去に起こっていても、1万年にせいぜい1回、2回の程度で、3回も起こっている内陸の地震はほとんどないと思います。あったとしても1万年に3回、つまり3000年に1回の割合ですから、これから先の100年間の狭い期間に発生する確率はきわめて小さくなります。なぜ国として内陸の地震についてこんな議論をするのか。単なる「安心情報」でしかないのです。しかも「100年」とは言わずに、「今後30年、50年の発生確率は・・・」と、さらに狭い幅での確率のことを言います。そうしたことを確率モデルの検証もしないままに、確率で言うのは、そもそも間違っているのです。

内陸の地震の確率をめぐるまずい例を紹介しましょう。大阪のど真ん中を走っている「上町断層帯」での地震発生の確率が「今後30年以内に2~3%」との数値が、文科省・地震調査研究推進本部から発表になりました。それに関連して京都市の災害に関する委員会で、ある局長さんが「京都には一番怖い“花折(はなおれ)断層帯”がありますが、花折断層帯(の発生確率)もそんなもんでっしゃろうか」と、私に質問されました。私は「花折断層の数値の正確なことはわかりませんが遠からず発表され、それは上町断層帯と似たような数値でしょう」と答えました。すると、その局長さんは言いました。「それはよかった。30年で3%、それは何もせんでもええっちゅうことですね」と。

それはそうですよ。30年間で3%と言われたら10年で1%、ほな「100日で何ぼや」となり、「何もしなくてもいい」と考えるに決まっています。「明日の雨の確率10%」で傘持って出る人はまずいませんよね。50%、30%ならまだしも、10%で傘持っていくような人間は面白くないですな、あまり友達になりたくない。それと同じことですよ。

つまり「安心情報」でしかないのです。大金をかけてやった100余りの活断層調査は大変立派な成果で、後世への贈り物です。この成果に基づいて内陸地震の活動予測をしているのです。その経費の領収書代わりに財務省に差し出したのが「安心情報」ですか。さらに口の悪い言い方をすると、大金を使って国民に還元したのが「地震の確率マップ」であり、それで国民の目を惑わすのはおかしなことです。一方、日本という1つの国家でありながら、内閣府は「地震が起こったらこんなに危険だから、対処してください」と言っている。確率1.0の話ですよ。その一方で、別の組織が「安心情報」を届けている。国家として無責任であり、おかしいと思うのです。

ある時、内閣府の人が、過去10年間に地震が起こった地点をプロットしたら、すべて発生確率の低い所で地震が起きているという図を見せにきました。地震の確率マップが「いかにいい加減か」を言いたいのでしょうが、それも本当は駄目な議論です。マップでは1000年、2000年に一回の地震を対象としているのに、それが「過去10年間に起こっていない」と非難するのはいかがなものかと。とにかく、内陸の地震を確率で扱うのは危なっかしいのです。

 

東南海・南海地震に先行する内陸地震

次に、開講地震と内陸地震の関係を調べると、多くの内陸地震が起こってから30、40年後に次の東南海・南海地震が起こっています。すなわち、内陸の地震が先立つことを、よく理解しておいていただきたいのです。1946年の南海地震の後に起こった内陸の地震は1948年の福井地震だけで、あとは全部先立って起こっています。ということは、次の東南海・南海地震は過去の発生間隔からすると今から30、40年後に発生することが予想されるので、内陸地震が起こるのは来年かもしれないし、あるいは10年後かもしれません。とにかくもう時間がないということです。それをいくら申し上げても、嫌なことだからだれも考えようとしません。ほとんどの日本人が静穏期に育ってきたので、「内陸の地震なんて知らないし、大したことはないだろう」と思っているようですが、そうではありません。これは自然にかかわる歴史的事象であり、それを謙虚に学ばなければなりません。そうした危機感のなさを私は嘆いているわけで、急がなくちゃいけません。

関西では海溝地震の前に内陸地震が起きる
図2. 関西では海溝地震の前に内陸地震が起きる

大規模災害は地域と時間の限定しての自然と社会との戦争です。その戦争とは、国家の危機のことです。わが国は1945年に、戦争放棄を世界に宣言しました。これは大変立派なことでしたが、それと同時に国家としての危機管理もやめてしまいました。だから1995年の阪神・淡路大震災が発生したときに、当時の総理が「わしゃ、どうすればええんかのう」と動かず、昼までテレビを見ていたと伝えられています。要するに国家としての危機管理がなかったのです。そこで、わが国も大急ぎで危機管理を考え始め、今では国民の目につかないところで粛々とやっています。

問題は冒頭で申し上げた「想定を超えたときの対処」にあります。これが出来るか否かが専門家としての資質であり、分かれ目です。いろいろな種類の事態に対処するためには、ある人は責任ある立場に立たなければいけないし、常時とは違うルールが適用されなければいけない。それには内閣総理大臣や社長が最適かと言うと、決してそうではなく、むしろ周囲の判断のできる最もすぐれた人が常日ごろの職制とは違ったルールでもって行わなければなりません。しかもできるだけ「船頭多くして何とやら」にならないように、極力一元化を図っていくことです。

例えば、9.11のアメリカ同時多発テロ事件のときがそうでした。ルドルフ・ジュリアーニ・ニューヨーク市長が、事件対応の指揮官となりました。大統領でも、FEMA(連邦緊急事態管理庁)の長官でも、ニューヨーク州知事でもありません。市長さんが最もふさわしいということで、すべて彼のところに全権を集中したわけです。

そうした事態が起こってからやったのではいけません。ニューヨークは事後対応でしたが、日本ではこれから南海トラフでの地震が間違いなく起こり、それから逃げられないのだから、今からそれぞれの組織、国家なら国家のレベル、企業なら企業のレベルで考えておかなければいけません。これを先にやるべきことだと思います。

 

ハード対応には限界も

基本的に人間は自然に勝てるわけがありません。これを謙虚に認めなくてはしょうがありません。だからハードで押さえ込むような、例えば福島の原発で津波が高さ6.5mの防波堤を越えたから、あるいは高さ十数mの津波が来たからといって、防波堤をどんどん高くして10mにしても全て防げるわけがない。どこかで堤防が壊れ、そこからどんどん水が入ってくるわけですから同じことです。だからハードで全面的に押さえ込もうというのは間違いであり、自然の方が強いのに決まっています。人間は想定値を超えたときにどうするのか、それぞれの知恵でもって対処しなければならないのです。

例えば福島原子力発電所では地震が来て第一原発は放射能の問題が起こったが、第二原発は起こらなかった。なぜ第二原発では同じことが起こらなかったのか。防波堤を越えて津波がやって来たときの安全対応、まさに想定を超えたときのために、緊急の発電機やその燃料といったものを安全な高い所に上げたり、建家で囲ったりしていました。まさに知恵でやっていたわけです。ところが第一原発は、6.5mという想定があったので、そこまで守ればいいと、それ以上のことはしていなかった。想定値までの対応で止まっていたのです。第二原発はそれを超えたときのことを考えて、お金をかけて堤防を高くするといったことなしに、知恵でもって対応していたのです。知恵を働かせることがこれからやるべき最も大事なことだと思っています。

 

土岐憲三 氏 立命館大学教授 歴史都市防災研究センター長
土岐憲三 氏
(とき けんぞう)

土岐憲三(とき けんぞう) 氏のプロフィール
1938年、香川県生まれ。1957年、愛媛県立新居浜西高校卒業。1961年、京都大学工学部土木工学科卒、1966年京都大学大学院工学研究科博士課程修了。同年京都大学工学部助教授、1976年同教授。1996年東京大学客員教授。1997年京都大学工学研究科長兼工学部長、総長補佐を経て2002年4月から現職。2003年から立命館大学教授 歴史都市防災研究センター長。2004年から総長顧問。2001年から内閣府中央防災会議「東南海、南海地震等に関する専門調査会」座長など。

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