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量子計算機の夢

北海道大学 電子科学研究所 助教授 竹内繁樹 氏

掲載日:2007年4月20日

竹内繁樹 氏(北海道大学 電子科学研究所 助教授)

竹内繁樹 氏(北海道大学 電子科学研究所 助教授)

 

竹内は修士課程を修了後、三菱電機(株)に就職、先端技術総合研究所の流動基礎研究部に配属される。竹内の1年目のミッションの一つは、新しいテーマを1年かけて探すという稀なものだった。そして見つけ出したのが量子計算機を実現するということだったのである。

竹内が量子計算機をやろうと心に決めた当時、企業の研究所は一般に非常に厳しい状況に置かれており、この野心的な研究への予算的なサポートは難しかった。しかし、そのような企業の若手研究者にも「さきがけ研究」という道は開かれていた。竹内は、1995年に募集していた3つの領域のうち、「場と反応」に応募し、採択された。彼は幸運だった。

竹内の研究はゆっくりとだが、しっかりと進んでいた。しかし、当時は量子情報の研究者の数もまだ少なく、その研究は孤立気味であった。そのころ、一つの転機があった。科学技術振興機構(JST)の千葉理事(当時)との出会い、そしてその仲介によるJSTの創造科学技術推進事業の一つ、「山本量子ゆらぎプロジェクト」の総括責任者、山本喜久(スタンフォード大学教授)との出会いである。

その後、スタンフォード大学での1997年から98年にかけての半年余りの滞在研究が実現、そこでの一流の量子光学研究者たちとの密な交流は、研究者としてかけがえのない経験になったようだ。そして帰国後、3年間のさきがけ研究の仕上げとして、光子を用いての量子計算機の雛形実験に成功した。また、この研究はその後スタンフォードでの研究とともに博士論文にまとめられた。

さきがけ終了の後は、三菱電機との共同研究による国内初の量子暗号通信実験に成功、最近ではニ光子量子もつれあい状態の実現成功、最も明るい単一光子源の実現成功など、次々に新しい成果を挙げている。

現在では、量子計算機、量子情報処理は一つの分野として認められ、日本での研究者も飛躍的に増えている。日本でいち早く研究を始めた竹内は、依然としてその先頭を走っている。このままフロントランナーであり続けることを期待している。

(科学技術振興機構 吉森昭夫)
  • 「さきがけものがたり-未来を拓く研究者たちのドラマとその舞台」(アドスリー発行、丸善 販売)から要約転載)

 

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