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鏡の国のアミノ酸 -老化が引き起こすアミノ酸の不思議な変化-

京都大学 原子炉実験所 放射線生命科学研究部門 教授 藤井紀子 氏

掲載日:2007年3月2日

藤井紀子 氏(京都大学 原子炉実験所 放射線生命科学研究部門 教授)

藤井紀子 氏(京都大学 原子炉実験所 放射線生命科学研究部門 教授)

 

私たち生物の体の中のアミノ酸を調べてみると、不思議なことに左手タイプのL-アミノ酸しか見つからず、そのL-アミノ酸がつながってできたタンパク質の中に右手タイプのD-アミノ酸が混ざるということはあり得ない、と長い間考えられてきた。

その生体内のD-アミノ酸を研究テーマとして長年追いかけているのが、京都大学原子炉実験所教授の藤井紀子である。

タンパク質を構成するアミノ酸はすべてL型であり、その中でD型に変わっている微量のアミノ酸を探し出すのは、わらの中に落とした針を拾うようなものだったが、藤井はヒトの水晶体から何種類ものタンパク質を分離して、タンパク質ごとにアミノ酸のD型とL型の比率を調べるという地道な実験を続けた。

生体の中のような穏やかな温度環境で、アミノ酸が加齢に伴い徐々にL型からD型に変化するという研究成果は、生体内のタンパク質はL型であるという常識に縛られた研究者の理解をなかなか得ることができなかったが、水晶体の主成分であるクリスタリンタンパク質中でのD-アスパラギン酸の部位を特定したことと、その圧倒的なD/L比の大きさによって、その成果がようやく認められた。

研究開始から約13年が経っていた。

生体内のD-アミノ酸という研究テーマは、藤井が取り組み始めた1980年代にはほとんど研究者がいなかったが、現在では世界中の多くの研究者との競争になっている。

今後はそのD-アスパラギン酸を含むタンパク質がどういう共通の立体構造を持っているのかを明らかにし、データベース化したいと藤井は考えている。なぜなら、このD-アスパラギン酸によるタンパク質の立体構造の変化は遺伝子が支配しない、タンパク質同士の相互作用によって起こるものであり、その共通点を見いだすことが、白内障、プリオン病などの様々な疾病の原因解明に繋がる、と考えているからである。

アリスが迷い込んだ鏡の国は、先に進むたびに新しい出会いと驚きが待っていた。藤井紀子は、これからも鏡の国のアミノ酸の不思議をアリスのように自由に追いかけていくだろう。

(科学技術振興機構 白木澤佳子)
  • 「さきがけものがたり-未来を拓く研究者たちのドラマとその舞台」(アドスリー発行、丸善 販売)から要約転載)

 

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