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試験管の向こうに患者さんの顔を

大阪大学 医学系研究科 教授 下村伊一郎 氏

 

私は、和歌山県の田辺市という人口6万人くらいの田舎町に生まれました。

地元には紀南病院という病院があったのですが、そこの外科と内科の先生はそれぞれ大阪大学から来られていました。地元の人はみんな、大阪からわざわざ田舎へ先生がいらっしゃってくださることを誇りに思い、先生を敬っていました。

私自身も自分の親や祖父が病気になって紀南病院を利用した際に、大阪から来られた先生方を見て立派だと思っていました。しかし、優秀な先生方が一定期間たつと派遣元へ戻ってしまうため、医者は地方ではなく、大阪で頑張らなければいけないんだなぁ、という少し悲しい気持ちでいつも送り出していたものです。

私はそういう田舎の人々の気持ちを子ども時代から感じていたので、できれば自分が大阪大学医学部に入って優秀な医者になり、地元へ帰ってきてレベルの高い医療を提供したい、大阪へ帰ることなく地元で医者をやりたい、と思っていました。

21世紀は生活習慣病の時代ともいわれ、肥満と病気との関係を明らかにする研究の重要性は増す一方であると思っています。

今は、研究だけでなく、学生への講義や病院での診察も行っていて、密度の濃い充実した時間を過ごしています。研究に没頭するのも大切ですが、病気に苦しむ患者さんを病院できめ細かく診察し、そこから出てきた疑問や問題点を研究によって解決し、ふたたび患者さんに戻したいとつねに思っています。

これは、「試験管の向こう側に患者さんの顔が見えるか?」という、恩師である松澤先生(注:松澤祐次・大阪大学名誉教授)の言葉が今でも深く胸に刻まれているからです。

私たちが脂肪細胞から発見したホルモンを投与するだけで、全身性脂肪萎縮症の患者さんはよくなっていきました。患者さんの「ありがとう」の一言。本当にうれしいものです。

私にとって研究とは、人間が健康に生きていくための「手助け」なのです。

  • 「科学者になる方法-第一線の研究者が語る」(東京書籍)から転載
  • 下村伊一郎 氏の研究について:
    コレステロールを制御する遺伝子が脂肪全般の合成を調節することを突き止め、全身性脂肪萎縮症のマウスを遺伝子組み換えによってつくった。そのマウスを使って、ホルモン(レプチン)が全身性脂肪萎縮症の治療に効果があることを実証した。糖尿病や高脂血症など生活習慣病のおおもとが脂肪蓄積であることから、脂肪組織からのさまざまな内分泌因子の働きを明らかにし、生活習慣病の予防、診断、治療法の開発を目指す研究を続けている。

 

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