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2011年5月5日編集だより

小岩井忠道

連休中に本の一冊も読まないのもなあ、と思い、図書館で「草枕」を借りた。小宮山宏・三菱総合研究所理事長が最近、新聞紙上で愛読書だと書いていたからだ。高校の国語の教科書に一部分が載っていたし、その後、いつだったか忘れたが一度は読んでいる。

岩波書店の「漱石全集」が飛び切り親切なのだろうか。注の多いことにまずかつを入れられる。さらに注が付された言葉一つ一つが欧米、中国、日本のさまざまな古典文学に起因するのに驚く。そこで考えた。注というものをどれほどの読者が読むと、編集者や出版社は思っているのだろうか、と。注が付された同じページに注の説明も載っている文庫に出会って感心したことがあるが、一度だけである。注の説明は最後ないし各章の終わりにまとめて並べておくというのが、この業界の常識のようだ。読む側は本文と注の説明ページを行ったり来たりしなければならないから、相当わずらわしい。

やっと読み終えた後で、江藤淳の「漱石とその時代」(新潮選書)を読み返してみた。二度びっくりする。薀蓄(うんちく)も盛りだくさんのこの本を、漱石はたった2週間程度で書き上げたというのだ。それも前作である「我輩は猫である」を完結させてわずか10日もしないうちに書き始めて、という。五高の学生時代から漱石の弟子となっていた寺田寅彦に送った手紙の中で漱石は「新小説の男が来て今度の号は27日に出て29日に売り切れたから広告をやめたと云うた」と書いているとのこと。作者だけでなく、当時の読者の知的レベルもまた、相当なものだと感心する。

そんな立派な読者と違いこちらは省エネ型だ。一読して、ないし一度読み返して分からないともうそれ以上頑張らない。一番、関心があるのは筋の展開の面白さと登場人物の会話の妙である。

    「その鏡の池へ、わたしも行きたいんだが…」
    「行って御覧なさい」
    「画にかくに好い所ですか」
    「身を投げるに好ゝ所です」
こんなやりとりが出てくると、すっかりうれしくなってしまう。

よく知られているようだが、この小説の登場人物と舞台にはモデルがある。漱石が熊本の五高教授だった時に同僚で友人の山川信次郎と年末・正月休暇を利用して熊本県内の温泉に滞在した体験が基になっているという。温泉宿の所有者は最初の熊本県選出衆院議員となった前田案山子で、女主人公は離婚して実家に戻っている前田の娘である。10日程度の滞在だったということだから、モデルは相当印象深い女性だったのだろう。編集者も忘れていなかった有名な場面がある。主人公が浸かっている湯室に女主人公が突然、現れ、裸身をさらしたあと笑い声を残して去る個所だ。

漱石という人は、今でいう男女雇用平等論者ではないか。どうもそんな気がしてならない。「女のきれいな着物を着ることが好きで、私が脱いでおくとそれをよく羽織って…」。漱石夫人の書いた「漱石の思ひ出」の中の記述を引用して、江藤淳は漱石の「女装趣味」についても触れている。男と女に優劣の差などありはしない。明治の時代にあっても漱石がそう考えていた一つの証拠ではないか、とも思えるのだが、見当違いだろうか。

「草枕」の浴室の場面も、女性に男性と同様な大胆さがあってもおかしくないと漱石が常々、考えていたと思えば理解できる。もっとも明治の時代にあってはいささか現実離れしているなあ、と感じていたら、やはり実際はそんなに劇的な場面はなかったらしい。漱石と山川が首まで浸かっているのを知らずに入ろうとしたモデルの女性が驚いて去った、という事実はあった、と「漱石とその時代第一部」にある。

「或場合にあっては多少の創造を許すが故に充分attractiveとなり、attractiveとあって初めて芸術的にリヤルとなる。かうやつたら事実に違はうか、さうしたら嘘にならうか、と戦々兢々として徒に材料たる事物の奴隷となるのは文学の事ではない」

「漱石とその時代第三部」の中で引用されている漱石の言葉だ。「草枕」発行の直後、雑誌「ホトゝギス」に発表された「文章一口話」という談話の中にあるという。

モデルと女主人公の違いをあれこれ推測するのは、あまり意味のあることとは言えない、ということだろう。そういえば、漱石のこの言葉は文学に限らず、創造(作)を排するマスメディアの記事にも通じるところがあるのではないだろうか。

「ある場合にあっては、相当の取捨選択を許すが故に分かりやすくなり、分かりやすくなって初めて多くの人にとっての現実となる」

世に数多い報告書や提言を個条書きないし個条書き同様にすべて書いていたら、読んでくれるような辛抱強い人などいそうもないし、読んでも何が重要か分かる人もいないだろう。

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