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2011年4月9日日編集だより

小岩井忠道

長唄、端唄、小唄から新内、古曲、地唄と幅広い古典芸能の世界で活躍する西松布咏さんの主催する美紗の会一門演奏会 を聴いた。登場する順番は新しいお弟子さんからのようだから、序列で言うとちょうど真ん中あたりということだろうか。容貌、着物の着こなし、さらになんと言ってもその笑顔がどこか並の人と違う女性が出てきた。

「青柳の糸より 胸のむすぼれて もつれてとけぬ 恋のなぞ…」(小唄 青柳)。軽やかに唄ってみせたその女性が、女優のかたせ梨乃さんだった。

自粛、自粛の声ばかり聞かれる中、さすが数百年の歴史を持つ世界である。年に一度の発表会どうして中止になどできようか、といったところだろう。菊池寛作「藤十郎の恋」に題材をとった悲しい唄もあれば、中止になってしまった三社祭という題の小唄も演目にちゃんと入っている。最後は会主、布咏さんの唄、三味線に合わせてゲストの花柳千寿文さんが踊る「花は上野」だった。

古典芸能に限らず、何事も特別に優れた作品、演奏が分かるというのは、おそらく限られた人間だけ。常々そう思っている。一握りの人間しか分からないとなると、一際秀でた芸術家、芸術作品の評価は何によって定まるのだろうか。芸が向上すればするほど、分かってくれる人は少なくなってしまう。そんなジレンマに芸術家はとらわれないものだろうか。「価値の高い絵画ほど、皆の目に触れるような所にはない。持ち主がスイスの銀行の金庫に預けているから」。自身、相当なお金を美術品につぎ込んでいるらしいオーナー社長に聞いたことがある。貨幣より信用できる財産として、国境を越えて売買、所有されているから、人に見せびらかす必要などさらさらない。税金のことなど考えてもむしろ人に知られない方が…。確か、そんな話だったような気がする。

なんて、あれこれ考えなくても、美紗の会一門演奏会はよい。編集者のような三流聴衆にもよい声とはどういうものか、よく分かるからだ。会主である布咏さんは、この日はもっぱら三味線を受け持ち、弟子の唄の引き立て役に徹する。最後の締めのほかには、急に来られなくなった弟子のピンチヒッターで何曲か唄うだけなのだが、そのために違いが実によく分かる。特に直後に唄うお弟子さんは気の毒だ。

この日は、勤務地である地震の被災地から一時、帰京した友人との約束があったので、美紗の会の皆さんとの会食は失礼して、都心のなじみの店へ移動する。「3月はいつもならお客さんが多いのにことしは…」。それほど困った風でもなくさらりと話すママに「小唄を聴いてきた」と報告すると、「最近、私も始めた」とのこと。見せてもらった“教科書”に、聴いてきたばかりの唄も載っていた。

「…あまり辛気臭さに 棚の大だるまをちょいと下ろし 鉢巻させたり まま蹴飛ばしてもみたり…」。地震、津波の被災者ばかりか、ほかの人間も沈み込んでしまうということだろうか。かたせ梨乃さんが唄ったもう一曲「棚のだるまさん」くらいの余裕をもたないと…。

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