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2010年7月6日編集だより

小岩井忠道

映画監督の原一男氏が、毎日新聞6日夕刊芸能欄に「自分を鍛えるためヒーローたちと格闘」という原稿を寄せていた。20代のころ全共闘運動に影響を受け、「強靱な意志を持ち、天下国家とわたりあえる」主人公にカメラを向けて、4本のドキュメンタリーを作ってきたという。

その原氏が今や「困惑している」というのだ。「ヒーローがヒーローとして成立しない時代へと変質してしまった」。巨大な敵がいてこそ輝くのに、「敵という存在が、姿形を変えて、得体がしれなくなった」と。

この記事を読んで、前夜、お会いしたばかりの佐藤純彌氏との会話を思い出す。先日、撮影が完了したばかりの「桜田門外ノ変」の監督である。都内のホテルで開かれた茨城県人会連合会の懇親会で、高校の後輩から紹介された。「桜田門外ノ変」は、市民が集めた製作費(正確に言うと今集めている最中)で映画を作ってしまおうという、映画業界の人たちが思いつかないような方法でつくられた作品だ。監督を紹介してくれた後輩は、映画化支援の会の主要メンバー(本業は茨城県職員)である橘川栄作氏である。頭も体も心もよく動く、実に頼もしい好漢だ。10月16日公開が決まったこの映画の報告、宣伝のため、佐藤監督、さらに水戸浪士、岡部三十郎を演じた水戸市出身の俳優、渡辺裕之ともども会場にやってきた。

佐藤監督といえば、「敦煌」(1988年)で日本アカデミー賞の最優秀作品賞、監督賞を受賞したほか、「人間の証明」「未完の対局」「おろしや国酔夢譚」「男たちの大和/YAMATO」といった大作を撮った日本映画界の重鎮とも言うべき人である。編集者も若いころ「新幹線大爆破」(1975年)、「君よ憤怒の川を渉れ」(1976年)を観て、すっかり感服したのを覚えている。「新幹線大爆破」はいろいろ理由があったようだが公開時は当たらず、むしろフランスで評判になったという。「君よ憤怒の河を渉れ」も中国で爆発的な人気を得て、主演の高倉健は中国で大変な有名人になった、と後で知った。2つの作品とも当時の日本映画には珍しい面白さとスケールの大きさを持っていたことが、むしろ海外で高い評価を得た理由ではないか、と今にして思う。

「新幹線大爆破」は現実にはありそうもないフィクションとはいえ、不思議なリアリティが感じられた。佐藤監督の脚本(共同)、演出、俳優の選び方などによるところが大きかったのではないだろうか。国鉄(当時)が撮影協力を拒否したというから、民営化前で国鉄も威張っていたというか、気が小さかったというか…。

佐藤純彌、渡辺裕之、橘川栄作氏の3人が、壇上であいさつする前に、監督と会場で二言三言言葉を交わすことができた。77歳になる監督が、資金の手当も定かとは言えない映画化計画に応じ、監督を引き受ける気になったのはなぜか。かねてからの疑問をぶつけてみた。

「熱意にほだされましてね」。ちょうど150年前に起きた水戸人が主役の歴史的大事件。それを水戸藩開藩400年(2009年)という節目の年にぜひとも映画に。そんな常軌を脱した橘川氏たちの迫力が大監督の心を動かした、ということだろう。

 同郷の人間としては、気になることもついでに尋ねてみた。クライマックスの井伊大老暗殺場面を初め、エキストラとして大勢の市民が出演したと聞いていたからだ。「理屈っぽい水戸の人間が監督の言うことをよく聞きましたか」

「皆さんよく協力してくれましたよ。何時間も待たされて大変なのに」。お世辞には聞こえなかった。わが同郷の士もやるときは黙ってやるのだ、と納得する。

「ところで日本映画界の現状はいかがでしょう」。これに対する答えは厳しかった。「崩壊寸前。金を出そうという人がいないから、どうにもなりません」

内需拡大もままならず、デフレスパイラルの心配すら指摘されている日本の現状は、ここにも現れているということだろうか。

「桜田門外ノ変」は佐藤監督にとって初めての時代劇、と初めて知った。現代劇では、ヒーローを見つけようもない世情になってしまっている。時代劇なら巨大な敵に立ち向かうような日本人を描ける。

ひょっとして監督がそう思われたかどうか、は聞き損ねた。

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