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2010年3月6日編集だより

小岩井忠道

1年くらいさぼっていたハイキンググループの企画に参加した。池袋から東武線を乗り継いで越生駅まで行き、越生梅林の脇を通り過ぎて山道に入り、大高取山に登る。反対側に下りて「ゆうパークおごせ」で湯に浸かったあと宴会、というコースだった。だいぶ下ったころに数軒の農家があり、道端にフキノトウを十数個入れた袋がたくさん入った箱が置いてあった。一袋100円と書いてある。「これは安い」と皆、硬貨を料金箱に入れてもらう。さらにちょっと下った所に今度はかごにユズがたくさん入っていた。こちらはご自由にお持ち帰りください、という張り紙がある。この辺はユズの栽培が盛んだと知った。

「ゆうパークおごせ」に着いて、ゆっくりふろに浸かった後、ぬれた髪を乾かしていたら、ドライヤーを持つ腕がやけに重い。こんな思いは久しく覚えがないことだ。このところ運動不足がはなはだしいからか、と大いに反省する。

宴会に移り、飲食・レジャー産業の大変さをあらためて感じさせられた。結構広い部屋を9人で借り切っての宴会だったが、入浴料を含め一人5,000円で飲み放題である。ビールや日本酒を飲んだあと、ワインに切り替えてさらに何本も追加注文しながら、これじゃもうけもさっぱりだろうな、と少々気になった。

旧職場(通信社)の先輩、後輩とその連れ合いというグループだから、話題には事欠かない。「選挙民はマニフェストがすべて実現できるなどと思って投票したわけではないのに、民主党がマニフェストに縛られている」。政治部OBの言葉になるほど、と合点する。すべて守られると信じている投票者もいるだろうから、民主党も苦しいだろうが…。

「やめたらあれもできる、これもやりたいと思っていたら、結局、何もする気がなくなって…」。帰りの東武線の車中、早期退職勧奨制度に応じ定年前に退職した後輩(女性)の言葉に笑う。「晴耕雨読」などという言葉はゆめゆめ人には言うまい。あらためて思った。仕事をやめたらどうせゴロゴロ過ごすのに決まっているから…。

当然、通信・新聞業界の将来も話題になる。「新聞販売店から統合版でなくてよいのですか、と言われた」という。統合版というのは夕刊と朝刊が一緒になった版だ。元々は夕刊が配りにくい遠隔地向けに新聞社がつくる特別の版だったのではないかと思うが、夕刊配達地域で夕刊はいらないという購読者へも配達されている。30年くらい前から新聞業界では「セット割れ」として話題になっていた記憶がある。朝刊、夕刊のセット購読より購読料が安いので、セット版購読から統合版購読への切り替えが増えると新聞社の収入減になるからだ。

新聞販売店が「統合版でなくてもよいのか」とあえて尋ねるのは、その担当区域では統合版購読者が珍しくなくなりつつある、ということだろう。

世は「セット割れ」を問題にしていた時代から、最初から購読しない人が珍しくない時代に移りつつあるということだろうか。昨年1月、フランスのサルコジ大統領が「成年前の若者に好きな新聞を1年間無料で提供する」という新聞業界に対する助成策を発表した。「そんなことができるのか」と半信半疑だったが、昨年10月、18-24歳までの読者に新聞を1年間無料で購読させる政策が実施に移されたそうだ。

冗談が通じない! こんな思いを時々感じるようになって、どのくらいたつだろう。ひょっとして相手が新聞を読んでないからではないか。そう思うようになったのは最近のことだ。

安心して冗談が言い合えるのも、通信社時代の親しい仲間あるいは同じメディア業界出身の人か、高校の先輩、同級生たちくらい。なんてことになるのも困るが、さりとてフランスのように公的な金でせめて若者にだけは新聞を読んでもらう、というのもなあ。

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