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2009年9月24日編集だより

小岩井忠道

五反田のゆうぽーとホールで開かれた映画「引き出しの中のラブレター」の試写会に出かけた。完成直前にすでに一度試写を見ており、この欄でも感想を書いている(5月19日編集だより参照)。前日、神保町の書店で原作本と映画とのタイアップ広告ポスターを見たこともあって、もう一度見る気になった。この作品はひょっとすると相当客を集めるのかもしれない、と考えたこともある。

民放テレビキー局の決算がえらくよく、その理由は本業ではなく、製作した映画が当たったから。こんな例が最近目立つ。「引き出しの中のラブレター」は松竹が、テレビ局ではなくエフエム放送局であるJ-WAVEの協力で製作した作品だ。J-WAVEの出資金は特別高額というほどでもなく、出資の見返りに映画の広告料が松竹から約束されている。その上、作品の主人公はJ-WAVEのナビゲーター、主たる舞台も実際の撮影場所もJ-WAVEの社内。名も頻繁に画面に現れるというから、こんなうまい話は2度とないのでは、と思われるくらいの作品だった。

実は最初に試写を見たときの率直な感想は、筋の運びにもう一つあっと驚くような意外性がないのでは、というものだった。いろいろな登場人物が出てきて、そのエピソードもいろいろ盛り込まれている。ただ、背景の多くが省略されているせいだろうか、編集者のような観客には「なんでそうなるの」という思いがついて回り、すっきりしない。上映前にプログラムを読んでいたら、主演者の一人である八千草薫が次のようなことを書いていた。

「私は自分の役柄を考える時に、台本の中に出てくる事柄だけではなくて、その人が生まれた時の様子やどうやって育ってきたかなどもわかっていないと、頼りなく思うんですね。ですから今回、松田晶子という人はどういう経緯で仲代さん(演じる速見恭三)と出会ったのか、その後どんな人と再婚して、どんな生活を送ってきたのかということなどを、監督にしつこくお尋ねしました。そうしたら監督はこの人の過去から血液型まですべて細かく書いてくださったんです」

さすが名女優、よくぞ言ってくれた、という思いで読んだが、監督は直接、作品自体からそんなことは観客に知らせる必要はない、と考えているということだろう。映画の中には3組の親子関係、数組の男女関係の軋轢(あつれき)が描かれている。今の日本社会における人間同士の対立、行き違いなどこんなものかもしれないと思うと、それはそれで“リアリティ”が感じられないことはない。有名人が覚醒剤などに手を染めて…といった話題には事欠かないが、その理由、経過を知ったところでかつて松本清張が書いた小説に出てくるような暗くて深い動機や背景が出てくるはずもない、というのが今の大方の現実ではないだろうか。

上映後、ロビーでJ-WAVEの小笠原社長と会ったら上機嫌だった。「○○の場面は最終的にカットされてます」。なるほど最初の試写で見たときに途中にあったその他の場面のいくつかもエンディングの画面に簡潔に収容されていた。

民放テレビ局が製作する映画は当たって当たり前という声があるらしい。ロードショー前にこれでもかこれでもかと自局のテレビ画面で広告を流せば、それで見に行くかとなる人は多いだろう。この夜の試写会の様子は、J-WAVEのホームページで紹介されるということだし、映画公開に合わせ主人公のナビゲーター役、常磐貴子が実際にナビゲーターを務める映画にそっくりの番組が平日の毎晩放送されている。現実がフィクションを後追いしているわけだ。そして、それが映画の宣伝にも一役買っているという図式に。

高校の大先輩で東宝の専務だったか副社長だったかまで務めた方がいる。業界では有名な営業マンだったはずだ。この先輩に昔聞いた話は「なるほどそこまでやればなあ」と心底納得したものだった。「八甲田山」(1977年、森谷司郎監督、高倉健、北大路欣也など主演)をヒットさせるため、作品の舞台で撮影地でもある青森に毎週のように出張、地元自治体、教育委員会の推薦を取り付けるだけでなく、青森県内だけ一足先に公開という地元に気を使いかつそれが全国公開の宣伝にもなるという当時前例のない手を使った。20数億円だったか30数億円という記録的な興行成績をあげた、ということだった。

こういう体を張った宣伝行為は分かりやすい。それに比べて、いまの映画の宣伝は、組織的というか、面白みがないというか…。

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