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2009年5月19日編集だより

小岩井忠道

築地の東劇ビル内にある松竹の試写室で秋に公開予定の映画「引き出しの中のラブレター」(三城真一監督、常磐貴子主演)を観た。エフエム放送「J-WAVE」からの招待だ。映画の製作というのはいろいろな形態がある、とあらためて感心する。

主人公は女性ラジオパーソナリティ。自ら企画、出演したラジオ番組を巡って話が展開する。通信社勤務時代からJ-WAVEとの付き合いが濃い編集者としては、J-WAVEが製作費の一部を出資した理由が納得できた。撮影場所もスタジオをはじめ同社の施設が使われており、「J-WAVE」という表示もそのまま画面に出てくる。映画が当たれば出資に応じた利益金の配分があるし、映画の宣伝をラジオで流すスポット広告も配給会社から約束されているという。不入りだった同社の知名度を上げる宣伝費を使ったと思えばよい、ということだろうか。

一方、企画、配給会社の松竹にとっては、J-WAVEを主舞台とするメリットは小さくないのかもしれない。同社は、若者によく知られる六本木ヒルズの中にある。撮影は日曜日に行われたので、J-WAVEの仕事にも特段支障にならなかったらしい。

ラジオという媒体と同様、「等身大の作品」に仕上がっている、というのが見終わっての漠然とした印象だ。仲代達矢、八千草薫というベテラン俳優が重要な役で出ているが、終始、気負いもなく演じているという感じである。仲代達矢は独り暮らしの老漁師という役だ。船はいつも港に係留された状態で、岸壁でロープを巻き取るといった場面しか出てこない。実際に海上でそれらしく働くシーンを一つくらい入れたらどうだろう。「老人と海」(ジョン・スタージェス監督、1958年)のスペンサー・トレーシーほどではないにしても…。そんなことを考える観客は多分、少数派なのだろう。年取っても働いていられる職業としてたまたま漁師という設定にしたということだろうから。

「ラジオはリスナーとパーソナリティが1対1で向き合う媒体」。そんな意味のことを、エフエム放送局社長役の伊東四朗が言う場面があった。放送番組を介して登場する人物があまり特異な人物では、大方の共感など得られないということだろう。

親子の間の断絶、微妙な関係とその修復が、作品のエピソードを貫く主題の一つになっている。しかし、それぞれ深入りはしない。一つ一つの展開をあまり深刻にしてしまうと、今の時代、観客の気持ち、期待からずれてしまうのかも。などと考えているうち、先月、日本記者クラブ主催の試写会で観た「重力ピエロ」(森淳一監督)を思い出した。原作は伊坂幸太郎のベストセラーという。深刻な内容なのだが、なぜかあまり恐ろしくない。森監督のあいさつを思い起こす。「深刻な話だからあえてユーモアを感じさせるくらいに、という撮り方をした」。そんな意味のことを話していたのだ。

「引き出しの中のラブレター」を見終わった後、顔を合わせたJ-WAVE社外監査役、内田公三氏と言葉を交わす。

「仲代達矢は、とてもあんなラブレターを書きそうには見えなかったね」。内田氏の一言に、笑って相づちを打った。

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