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2008年10月31日編集だより

小岩井忠道

この日の毎日新聞朝刊オピニオン欄の「論点」が面白かった。ノーベル物理学賞、化学賞で4人もの日本人受賞者が出たことに関連し、野依良治・理化学研究所理事長、有本建男・科学技術振興機構・社会技術研究開発センター長、評論家・山形浩生氏がそれぞれ「言いたいことを言っている」ように見えるからだ。

日本人のノーベル賞受賞というのは、日本社会だけでなく、日本の新聞、放送、通信社にとっても大変なお祝い事である。報道機関というのは常に批判の目を持つことを求められている。しかし、この出来事ばかりは斜に構えたような論調は、まず許されない。めでたい、めでたいの一色だ。

これまでの自然科学系の受賞者で、高校から大学に入るときに1年浪人された方がいた。受賞を伝える洪水のような記事群のどこにも、そのことに触れていなかった社があったように記憶する。ノーベル賞受賞者が1浪経験者、なんて書いたら失礼に当たる、と考えたのだろう。ノーベル賞受賞者でも高校時代、現役合格できなかった日本の難関大学の入試問題とはいかなるものか。そんなことを考えさせる事実として、むしろ積極的に紹介した方が面白いとは思いつかなかったようだ。

さて、毎日新聞の記事で、野依氏は「この快挙は我が国の教育研究施策の反映といえるであろうか、甚だ疑問が残る」と書いている。「昨今の哲学無視、効率性重視の風土では、独自性ある課題の発掘は難しい」「近年の成果主義を基軸とする外形的な研究評価システムは、生産性の向上には役立っても、創造性と多様性を大きく損なう」とも。

山形浩生氏は、「あらゆる賞と同じく、ノーベル賞も基本的にはお遊びの1種」という見方を明らかにした上で「受賞者数を政策目標に使うような発想は、ぼくはゆがんでいると思う。それは、自分では評価できませんという無能ぶりを告白しているに等しい」と手厳しい。

ここでやり玉に挙げられているのは、2001年に政府が決めた第2期科学技術基本計画の中の「50年間にノーベル賞受賞者を30人程度輩出する」という文言だ。有本建男氏はこの計画づくりに加わった1人であることを明らかにし「この意味は、目標を達成するに値する創造性を育む研究環境を整えることにある」と釈明している。

今回の日本人受賞に対する思いはそれぞれであるものの、山形氏を含め3氏に共通するのはノーベル賞選考の妥当性に対する高い評価だ。逆に言うと、日本はまずまねできないと見ているということでもある。物理学賞と化学賞の選考はスウェーデン王立科学アカデミー、医学生理学賞はカロリンスカ研究所が担っている。一つの賞に最大でも受賞者は3人という決まり上、受賞者に入るか入らないかは紙一重。ノーベル賞には、こうした運不運が往々にしてつきまとう。しかし、それが運以外の不公平な選定によるという批判が出て来るようでは、ノーベル賞が毎年、これほど大騒ぎされることもなかっただろう。3氏ともこの点についてはノーベル賞のすごさに文句の付けようがないということだ。

カロリンスカ研究所に相当する日本の機関はすぐには思い浮かばないが、スウェーデン王立科学アカデミーに相当するのは日本学術会議以外にはない。では、日本学術会議にノーベル賞を選考するような力と信用はあるだろうか。

有本氏は、研究教育体制を整える責務は政治と行政にある、とした上で「こうした支援の上で、研究の質を向上し科学の文化と精神を醸成するのは、科学者と科学者コミュニティの役割だろう」と書いている。日本の科学者と日本学術会議がもっとしっかりしてくれないと結局、日本の科学のレベルアップは期待できない、という意味だ。

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