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2008年10月24日編集だより

小岩井忠道

脳出血を起こした妊婦が出産はしたものの亡くなってしまったニュースが、尾を引いている。多くの病院で軒並み受け入れを拒否されたという事実に加え、都立墨東病院のような都心の大病院ですらこうした対応しかできなかったという事実に多くの人が衝撃を受けたためだろう。

墨東病院がリスクの高い妊婦の救急治療を担う「総合周産期母子医療センター」に指定されているのに、なぜ当日、産科医の当直が1人しかいなかったのか。当然ながら問題にされているが、必要なだけの産科医を同病院が抱えていたらこうしたことも起こらなかったのも事実だろう。病院側の責任が問われるのと併せて、医師不足、とりわけ産科医の不足がより大きな課題として残されるのは間違いない。

墨東病院には思い出がある。30年ほど前になるだろうか。親しい友人の先輩から頼まれて、救急システムについての記事を公的機関発行の月刊誌に書いたことがある。通信社勤務時代、自社の仕事以外で記事を書くのは嫌いだった。通信社記者の肩書きで取材したのに、別の媒体に記事を書くというのは取材相手に対する裏切り行為ではないか。気がとがめて仕方なかったからだ。最も単に仕事熱心ではないことの言い訳にすぎなかったかもしれないが…。

とはいえ、何事も我を通し切るというのは難しい。頼みを断って友人と気まずくなるくらいなら、と承諾したこともまた何度もある。その時もそんなケースだった。原稿料をもらうのだから、それに見合うくらいのことは。そう考えて、典型的な救急病院の現場取材を思い立つ。普通の取材では面白くない、と夜中の救急病院がいかなるものか徹夜で付き合ってみることにした。多分、だれかに口を利いてもらったと思うが、取材に応じてくれたのが墨東病院だった。

夜でも“繁盛”している大病院。一言で言えばそんな感じだったろうか。救急車で運び込まれた患者がいたかどうかも忘れてしまったが、待合室に患者の姿が途切れなかったことをよく覚えている。

「夜だと昼間と違って待たされなくて済むから、という患者が多い」。夜が明けて、当直勤務を解放された医師から聞いた。救急病院なのに当直の医師は、当時から昼間と同じような仕事をさせられていたということだ。

当サイトのインタビュー欄に登場していただいた井村裕夫・先端医療振興財団理事長(元京都大学総長)の話を聞くと、こうした患者側の姿勢は、当時よりさらにひどくなっているのではないかという気がする。妊娠中にどこの医療機関の診察も受けず、せっぱ詰まってから運び込まれてくる患者が少なくないという。急を要するのに診察したこともなく、記録もない患者の扱いは医師にとって非常に難しい。また、妊婦に限らず救急患者の中にはお金を持たずに治療だけ受けて、後になっても治療費を払わない人も多い。結局、病院の泣き寝入りとなるケースが少なくないというのだ。

こんな話を聞くと、産科や小児科を希望する医師が減っている事態どころか、そのうち医師になろうとする若者まで少なくなってしまうのでは、と心配になってくる。

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