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2008年10月12日編集だより

小岩井忠道

日本初登場というスイス・ローザンヌ歌劇場のオペラ「カルメン」を、東京文化会館で観た。カルメン役のユリア・ゲルセワが、つなぎの作業服姿で最初に登場してきたのに驚く。女子工員だから、別におかしくはないのだが、オペラの女主人公のズボン姿は新鮮だった。

このところ、どうもどっしりとした体格のプリマドンナにぶつかることが多かったせいだろう。これらの歌手はそろって体型、特に下半身の輪郭をはっきり分からせない衣装で押し通す。最後に悲劇的な死を遂げる役のソプラノ歌手があまりに堂々とした体格なため、倒れて息を引き取る時にけがでもしないだろうか、と心配しながら鑑賞していたこともあった。

この日のカルメン役は、だいぶ違う。体型にも自信がないとこの衣装は無理と、感心、安心して観ることができた。

ユリア・ゲルセワについてパンフレットには「ミラノ・スカラ座『カルメン』で衝撃的なデビューを飾って以来、その美貌と優れた歌唱力から世界中の劇場から『カルメン』のオファーが殺到している」とある。鑑賞後に一緒に食事をしたこの業界に詳しい友人も「いまカルメン役でもっとも評価の高い歌手の一人」ということだ。

 このオペラは、アリアも重唱も合唱も旋律が皆分かりやすくて楽しい。編集者にとっては、何回か観た数少ないオペラなので、演出の違いがまた興味深かった。ベッドでからみあうシーンはあるし、派手な演出という印象が強い。そういえば、だいぶ前に観た椿姫も、幕が開くと舞台中央で仰向けに寝たままの女主人公のマルグリットが、紙幣を1枚2枚と数える場面だった。かたわらで男が身繕いをしている。この日のカルメンにしても、初演のころからこんな演出は珍しくなかったのだろうか。

もっとももう一人の鑑賞仲間は、舞台装置が地味だった、という感想だったから、ベッドの上でカルメンが新しい恋人の闘牛士に足を絡ませるのを見て驚いているようでは、遅れているということだろう。

外国では、時によって観客からブーイングが出るという信じがたい話を耳にする。数多くのオペラを何度も観ている観客が大半ということになると、そんなことも起こりうるのだろうか。1、2度観たくらいで、悪いところ、気にくわないところがすぐ分かるとは到底思えない。

帰宅後、ローザンヌというのがどの程度の都市か検索してみた。国際オリンピックの本部があるところだから知名度は高いが、人口は16万人ということだ。

人口16万人の市で歌劇場が成り立つには、市民の相当なサポートがないと無理ではないだろうか。平均的な市民は、どのくらいの頻度でオペラを見ているものか。期待はずれの舞台を見て相当数の観客が怒り出す、というのも理解できるような気がしてきた。

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