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2008年4月23日編集だより

小岩井忠道

テレビ朝日社長が巨人戦のナイター中継中止の可能性について記者会見で語った、とTBSラジオ朝の番組「森本毅郎・スタンバイ」で森本氏が紹介していた。とうとうここまで来たか。そんな思いでヤフーのニュースサイトをのぞいてみたら、当然のことながらスポーツ各紙も報じている。

プロ野球ナイター中継の全テレビ局視聴率平均は、10.5%(ビデオリサーチ関東地区調べ)と史上最低を更新中で、テレビ朝日が12日に中継した巨人-ヤクルト戦も10.9%でしかなかったという。

野球は幼年時代によくやったし、いまでも面白いスポーツだと思う。しかし、最高の球技かといえば、ちょっと違うのでは、という気がする。いくつか物足りない面があるからだ。格闘技など一部の競技は別にして、運動の3大要素は、走る、跳ぶ、投げる(蹴る、打つは投げるのバリエーションとみて)だろうが、まず野球選手にジャンプ力はあまり求められない。ないよりはあった方がよいという程度だろう。走力はジャンプ力よりは要求されるだろうが、ジャンプ力同様、飛び抜けた能力がなくても致命的な弱点にはならない。そんなポジションはいくつもありそうだ。投手、捕手、一塁手…。

かつて、バスケットボールのスーパースター、マイケル・ジョーダンが大リーグに挑戦し、結局、ものにならなかったことがある。走力、ジャンプ力その他、たぐいまれな運動能力を目一杯発揮するには、野球はジョーダンにとって役不足のスポーツでしかなかった。当時、そう思ったものだ。現にNBA(全米バスケットボール協会)に復帰してから、チームを再び何度も全米一に導いている。

次に観客として見る野球はどうか。「サッカーに比べると、野球のテレビ中継は静止画のようだ」。サッカーファンでもある村上龍氏が、かつてどこかに書いていた。確かにバッテリーと打者だけしか映っていない画面の時がやたらに多い。多くの選手が動いていない時間が余りに多すぎる。さらに、ゲームの中断が多い上に、選手や監督がタイムを要求するのに制約が少なすぎる。それらこれらが相まって試合時間が長くなってしまっているのに、これを短くしようという懸命な努力、工夫があったようにも見えない。

おそらく、こういう状態が長く続いたのは、民放テレビ局にとってむしろ好都合な面があったからなのだろう。ゲームの中断がしばしばあり、それも長い方がコマーシャルを入れる時間に事欠かないから。

さて、仮に試合展開を速める努力をした程度で視聴者は戻ってくるのだろうか。

これまでスポーツ中継があまりに野球に偏りすぎていたのが異常なこと。そう考えた方がよいのではないかという気がする。選手個々人の驚異的な運動能力に舌を巻き、拍手喝采することより、駆け引きの面白さに興味を感じる。そうしたファンに長い間テレビの野球中継も支えられていたように思える。

一方、駆け引きや作戦というのはスポーツの一面でしかなく、むしろ臨機応変の対応、一瞬の動きこそがスポーツの醍醐味。あれこれ理屈をこね回すのではなく、とっさに、つまり無意識に出る動きがスポーツの本質である。そう考える、あるいは実際に体で覚えているスポーツ好きも多いはずだ。こうした視聴者は、これまでずいぶん軽視されてきたのではないだろうか。

「人間の脳の働きというのは、意識的なものが通常、重んじられてきたが、本質は違うのではないか。最初は大脳に思考のモデルが形成されるが、それが小脳に写し取られて、そのモデルをもとに小脳が考えるようになる。しかも、無意識のうちに―。このような小脳の内部モデルというのが、人間の脳の働きの最も高度な部分に大きく貢献しているのではないか」(2008年2月18日インタビュー・伊藤正男・理化学研究所脳科学総合研究センター特別顧問「「社会の期待集める脳研究」4回目「脳活動の最も高度な部分とは」」)

長年、日本の脳科学をリードしてきた伊藤氏によると、訓練によって身につく高度な運動能力というのも、この内部モデルのなせる技という。優れた運動能力が脳の最も高度な活動の表現、と考えれば、スポーツ中継を何も野球だけに頼ることはない。テレビ局の人たちはそうは考えないだろうか。

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