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2007年11月24日編集だより

小岩井忠道

快晴の河口湖畔まで出かけてテニスを楽しんだ。誘ってくれた高校の先輩が事前に予約してなかったら予定の高速バスに乗れないところだった。最後尾のC、D席というのは、最後の切符を買った客ということだろう。中央道といえば、往路はまず八王子付近で渋滞、という印象しかなかったのだが、3連休というのにだいぶ様子が異なる。目的地まで予定時間でついてしまった。ガソリン高騰で自家用車による遠出を控えている人が多いせいだろうか。

「テニスは格闘技」。初めて手合わせした人に、わが弱点を見事に指摘されてギャフンとなりつつ、笑ってしまった。だいぶ前にあるところに、同じようなことを偉そうに書いたことがあったからだ。わが方は「球技は格闘技」という表現だったが…。

念頭にあったのは、コート上で敵味方の選手が四六時中交錯するサッカーやバスケットボールである。多分、サッカーも同じと思う。編集者が見慣れているバスケットボールは、明らかに体の接触が大目に見られるように変わって来ている。ルールが変わったのではなく、審判の笛の吹き方が時代とともに変わっているということだ。とにかく体を張って相手のプレーを阻止する、という姿勢で闘わないと特に国際試合では勝負にならない。当事者(選手、審判)が十分に分かっていないらしいのが、不思議でならなかった。

しかし、ネットを挟んでボールを打ち合う球技も格闘技、という指摘には少々虚を突かれた。

「右手でパンチを繰り出すときに、左手をだらりと下げているようなボクサーはいない。テニスも同じ。左手を前に上げ、その左手を引きながら右手でラケットを振り抜かないと強いボールは打てない」

言われてみれば、誠に的を射た指摘である。前夜、2時過ぎまで飲んでいたという心がけの悪さが輪をかけたとはいえ、このところの練習不足の報いはてきめんだと反省する。上手な人に練習相手になってもらえば、とにかく必死にボールを打ち返さないと打ち負けてしまい、真っ直ぐ相手の手元に返らない。腰を落として早めにラケットを後ろに引き、自然に逆の左手と左肩は前方に出るというフォームにならざるを得ない。まさにボクサーのように。ところが、この半年以上、まともな練習ができていない。元の木阿弥に戻ってしまったということだろう。

プレー終了後クラブハウスで、手合わせ願った地元のテニス愛好者たちと懇談していたら、東方の山並みから見事な満月が顔を出した。解散して引き揚げる前に富士山をあらためて眺めたら、どこでも見られるような裏山という感じがしたので驚く。日が落ちて暗くなっていたのと、コート上から眺める角度とやや異なり、人家の屋根越しに見る形になったことで、遠近感が狂ってしまったようだ。

帰りの中央道もまたほとんど渋滞らしい目に遭わず、9時過ぎには新宿に着いてしまった。バスは予約でいっぱいだったのだが、「テニスは格闘技」と言った方がどこかに電話をかけたら、ちゃんと席が確保できた。

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