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2007年11月19日編集だより

小岩井忠道

小学生の時、学級委員に推薦され「去年したからほかの人にやってもらいたい」と言って、担任の先生にこっぴどく怒られたことがある。この年になるまで人を管理するのは苦手だ。しかし、世の中はむしろ仕切る側になることを好む人々が多いのでは、と考えることがしばしばある。

葬祭場で行われる通夜や告別式に出ると、葬儀会社の社員たちが、いんぎんかつ有無を言わさない態度で参列者に整列を強い、焼香台へ進み出るタイミングまで指示に従わなければならない。編集者の数少ない楽しみの一つは、ある公的施設で古い日本映画を鑑賞することなのだが、ここでも閉口する。上映開始直前までロビー付近で待たされるのは、まあ我慢するとしよう。しかし、さらにホールに入る前にロビーで整列を強いられるのがたまらない。列の人数がピッタリでなかったりすると、まず見過ごされることはないだろう。あれは何とかならないものか、と思う映画ファンは編集者だけだろうか。

枕が長くなったが、帝国ホテルで行われた本田賞授与式に出た。豪華だが、さわやかなところにいつも感心する。メーンテーブルを眺めると、財団の活動にかかわっている人しかいつも招待されていないように見える。編集者のような無名の人間にも毎年、招待状が届くのは、主催団体である本田財団が年に4回開いている著名人の講演会と引き続いての懇談会に、この10数年出席させてもらっているというだけの理由だ。

ことしの受賞者は、フランス人のフィリップ・ムレ博士で、肩書きは財団のホームページにも表記されているように「開業医」である。授賞理由は、世界で初めて腹腔鏡によって胆のう摘出手術を実施した業績だ。ムレ博士の記念講演の概要は近日中にサイエンスポータル上に掲載する予定だが、ここでは、会場で渡された資料に載っている博士の「受章のことば」から一つだけ紹介する。フランス語で「prize」は、英語の「price」(値段)の意味という。授賞の通知が届いたのは、たまたま夫妻がホンダのバイク「Transalp」によるアルプスツーリングから帰宅したとき。夫人の方の愛車が走行距離16万キロを超え、そろそろ買い換えるかという時期だったこともあり、てっきりホンダ(Honda)製品の価格(prize)情報と早とちりしたそうだ。

ユーモアに富むムレ博士の人柄が、形式ばったところのない授与式をさらに飾り気のないものにしたのだろうか。記念レセプションに移ってからの来賓のあいさつがそれぞれさわやかだった。金澤一郎・日本学術会議会長は、一通りお祝いの言葉を述べた後「ここまでは用意した原稿に書いてあること。同時通訳の人は困るかもしれないがこれからは、原稿にない話をしたい」と、ムレ博士の業績をたたえる話を続けた。

渡海紀三朗・文部科学相は最初から原稿なしで、本田賞の意義や博士の具体的な業績に触れたお祝いの言葉を贈っていた。

金澤、渡海両氏以外の来賓祝辞もおそらく主催者や大半の出席者の予想を超える長さだった、と思われる。実は、レセプションを途中退席してたまたま同じ日に行われる女義太夫の定期演奏会に行くつもりだったのだが、記念レセプションが始まって30分を過ぎても来賓の祝辞が続いて乾杯にならない。「まあ義太夫は毎月あることだし」と、二股かけるのをあきらめた。

おかげで、懇親パーティーになってから、旧知の元科学技術事務次官と立ち話をすることができた。本田財団の理事でもある。「本田賞の授与式はいい。堅苦しくなく、進行がおおらかそうなところも」と感想を述べたところ、あえて分刻みのような授賞式スタイルにはしていない、という返事だった。日本人は、何事もスケジュール通り進めたがりすぎるのではないか、ということで意見が合う。そのあと、次のような話になり、笑った。

「昔、米国のウイリアムズバーグで行われたサミットの時、イタリア代表団の人間から“わが首相のあいさつは何時になるか”と尋ねられたことがある。日本人が分刻みでスケジュールを立てるのを知っているので、日本の代表団に聞けば見当がつくと思ったらしい。イタリア首相のあいさつは、日本の首相の後に予定されていたので」

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