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2007年8月2日編集だより

小岩井忠道

朝刊各紙が、作詞家、阿久悠氏の訃報を大きく報道していた。ほとんどの全国紙、東京紙が、長い記事とともに数多い代表作品の一覧を載せている。

10年ほど前になるがNHKのBS放送が3回続きで、氏の特集番組を放送したのを思い出す。たくさんの有名歌手が歌うヒット曲を次から次と紹介しながら、氏といろいろな人々のインタビュー場面を織り込む構成だった。

「こんな歌もあったのか」と感心した中に、「ブルー スカイ ブルー」(1978年のヒット曲)というのがあった。2日の産経新聞には、「『今は分からないだろうけれど、大人になった時、きっとこの詞の意味がわかるよ』といって書いてくださったのが『ブルー スカイ ブルー』でした」という西城秀樹氏の言葉が載っていた。

BS番組を観た後でCDを買ってみたら、沢田研二に続く歌手として、阿久氏が西城秀樹に注目していたという趣旨のことが書いてある。沢田研二で何度も大ヒットを飛ばしたので、次は西城秀樹で、ということだったのだろう。確かに西城秀樹の声の方が沢田研二より音域が広そうだし、特に高音の張りは上かもしれない。

しかし、というかそれだから「ブルー スカイ ブルー」は、阿久氏の作品としては大ヒットとまでは行かなかったのではないだろうか。カラオケが世に出回るにつれ、歌謡曲は聴くだけでなく、自分で歌うものとなっている。素人の手に余るような曲は、当時、既にレコードもあまり売れなくなりつつあったのかも。などと、勝手に納得したものだ。

NHKのBS番組の中で阿久氏について語った人物の中に、フォーク、ニューミュージック系の歌手、吉田拓郎氏がいた。「われわれから見れば、あちらの人だという思いもあったのだが…」。「あちら」というのは、自分たちのような新しい音楽の世界の人間ではなく、伝統ある歌謡界に属するという意味である。だが一方、そうと決めつけられないものを阿久氏には感じていた。吉田拓郎氏はそう言いたかったようだ。

最初から最後まで、すきがないか否か。そうした観点から歌詞を比較した場合、フォーク、ニューミュージック系の歌詞と、阿久悠氏の歌詞には、相当の差があるような気がする。例えば大いに流行った「神田川」なども、1番の詞があれほどしっくり来るのに、2番になるともう一つ。こんな感想を抱く人はいないだろうか。(産経新聞の引用は東京版から)

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