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2006年10月31日編集だより

小岩井忠道

数年ぶりにマージャンの卓を囲み、やはり一番負けた。

この業界(マスコミ)は、どうしてこうも下手な人間が多いのか。社会人になって、しばらくはそういう時代が続いていたものだ。それが、この20年というものまるで勝てなくなってしまった。

碁や将棋と異なり、マージャンの打ち方、戦法に百%あるいは9割方、正しいという定石(跡)はない。だからといって何も考えずに牌の出し入れをしていればよいわけではないところが、このゲームの魅力、のはずだった。

「ここは勝負に出るべきか」。そんな場面ごとに「相手の手の大きさ」「自分の捨てる牌が、相手に当たる危険度」「自分の手の大きさと、相手より先にあがれる可能性」といったものをはかりにかけて瞬時に決断する。それが面白いところだった、のだ。

ところが、いまや、相手の手がどのくらい高いのかすら、ほとんど読めない。その手をつくる難易度、競技者の技術に何の関係もない“割り増し料”が、次から次と上乗せさせられる。だから、何でもいいから上がりさせすればよい。そんなルールがはびこってしまったためだろう。

単に気が強いだけとしか思えないような人の方が、むしろ大勝ちする。そんなルールでは、勝ってもあまり面白くないし、負ければさらに腹が立つ。

科学離れ、科学技術リテラシーの低下は、実は、子供の問題というより大人の方がひどい、という話を最近よく聞く。本来、知的なゲームだったマージャンが、何とも刹那的で下品になってしまったように見えるのも、そんな日本社会(の変化)の縮図とあきらめるべきなのかもしれない。

ただし、今夜のマージャンは、ドラが多すぎるという点を除けば、昔のまっとうなルールにかなり近かった。他のメンバーの技量も確かで、勝負を避けたつもり、あるいは比較的安全と読んだ牌で見事に討ち取られる、という場面が2度もあった。

それでもやはり負けてしまったのは、練習不足もあったから、ということにしておこう。

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