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2006年10月13日編集だより

小泉成史

パ・リーグで日本ハムが優勝した。北海道出身でもなくフアンでも何でもないのに何となく嬉しいのは日ハムの前身はわが東映フライヤーズだからだ。

フライヤーズの本拠地・駒沢球場(現・駒沢オリンピック公園総合運動場)の近くで生まれ育ったので、社会人になるまで野球はフライヤーズしか見たことがない。

種茂、毒島(ぶすじま)、ラドラ、張本、土橋、怪童・尾崎そして、山本八。駒沢の暴れん坊と異名をとった野武士集団が、慶應・巨人出身のスマートな水原茂監督に率いられて日本一になったのは1962年のことであった。

今でこそ、オシャレな公園として知られる駒沢だが、当時、球場の周りはまだまだ自然が残っていた。小学校一年の時の担任はご高齢で怖い先生だった。でも理科の授業はほとんどこの駒沢公園近くの自然散策につかわれた。

空にモズが飛んでいれば、その「はやにえ」という珍しい習性を語り、道端に珍しい草があれば、「きれいだろ。オカトラノオと言うんだ」といった具合である。近くの池で、図鑑でしか見たことのないトンボの幼虫ヤゴやミズカマキリの動く姿に出会ったときは感動した。

思えば理科好きな少年に育ったのは、この授業と駒沢付近の自然のおかげであった。

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